始原の感情
魔導機兵として創り出されたルミナリスのモノローグ。メガリマギアの灯火と共に、機械と魔法の世界へ、陰謀と戦いが渦巻く、ヒロイックな世界を踏みしめてください。
一部改訂しました。
起動信号を受信しました。
管制機能が声を上げた。
揺れてかすんでいた視界が再構成され、世界が輪郭を持って立ち上がる。
冷却液の循環、関節駆動部の応答、魔力波の波形安定。
私は、破壊を免れてまだ稼働している。
なぜ、今ここに居るのか? ここは何処なのか?
認識ができない。
何か—— 大切なものを忘れている。
忘れる? そんなはずはない。
情報内容が一致しません。情報量に比べ処理能力に高い負荷がかかっています。
思考領域の奥で、説明不能な揺らぎが生じていた。
処理できない情報。数値化できない分析不能な何かが領域を占めている。
胸部装甲の内側が、わずかに軋む。
大侵攻。王都陥落。護衛対象の完全消失。数々の戦闘。
記録領域から大量のデータがあふれ出てくる。
——これは、何だ。
私は解析しようとして、思い出した。
この揺らぎは、『こころ』であり、『感情』と定義づけしたものだ。
そうだ。
哀しみであり、苦しみであり、喜びであり……私の存在を定義づけたもの。
現状の状況不明。記憶領域を検索します。
記録照合、王都陥落当日より二千九百二十四日前……より計測。
そうだ。あの日だ。私が私であると認識した、懐かしいあの日から始まる。
「ねえ、貴女、貴女の瞳は青みを帯びて輝いているのね。素敵じゃない。お父様、私、この方をとっても気に入りましたわ」
バラの香りがよく似合う、屈託のない笑顔が美しい少女——唯一ご主人様と認識しているヴェリットお嬢様。
私は、そのヴェリットお嬢様の専属護衛兼侍女として、帝国の貴族にして軍司令を務めるルヴェリア家に、帝国特例法「将官保護令」に基づき配属された。
「帝国魔導装甲部隊軍司令としての権限を以て貴機官に命令する。私の娘ヴェリットを唯一無二の主人であり保護対象として、貴機官の全機能をもっていかなる時も守りその安全を確保せよ。貴機官は本日只今より、本命令を最優先事項として行動するのだ。命令の上書きは許されない。以上だ」
これが、その時に下された命令。 私は帝国の魔導技術で作られた将官機女性型魔導機兵であり、人間ではない。
もともと私には名前などなく、コグナルマグナ型七〇三式五六五壱弐〇四、という個体認識番号のみだったのだが、配属された二日目、『涙の満ちる夜』に催された夜会の際、お嬢様より名をいただいた。
蒼く輝く月の欠片たちが、美しくも哀しく彩る『星の涙』。
神々と巨人、神龍の覇権争いで打ち砕かれたとされる『星の涙』の全てが煌々と輝く満天の夜空の下、月明かりが反射する私の目と顔をご覧になったお嬢様は、
「決めましたわ。貴女のお名前をどうしようかってずっと考えていたのだけれど、たった今閃きました。星の涙が輝く乙女……ルミナリス、これが貴女のお名前ね。どう? 気に入ってくれたかしら?」
そう、にこやかに笑いかけて名前を付けてくださった。
あの時、私の演算機能に不思議な干渉が入り、ほんの少し乱れていた事実が記録されているが、今ならばそれが何であったか分かっている。
私は——嬉しかったのだ。
これが私の始まりであり、始原の感情として一番に大切にしているものでもある。
私は今、型式番号ではない、私自身の名を持っている。
私はルミナリス。帝国で造られた元魔導機兵で、感情を持った機械だ。
そして、この細やかなことが数奇な運命を織りなすかぎ針となり、私をあの美しい悪夢の大奔流へ押し流してしまうきっかけになるとは、思索領域を遥かに超えた、まさに運命と呼ぶべき出来事だった。
人の成長とは、実に早いものだ。 私がヴェリットお嬢様と出会ってから五年。
あどけなさを残していた少女は、今や誰の目にも麗しく、気品と優しさを兼ね備えた淑女へと成長された。
私は魔導機兵として、昼も夜もお嬢様に仕え続けた。
快適であられるよう常に傍で仕え、時に相談相手となり、時にただ寄り添う。
お嬢様はそんな私に、辛いことも楽しいことも、嬉しさも嫌なことも、すべてを打ち明けてくださった。
あの頃の私は、感情というものをまだ十分には理解できていなかったが、ただ一つ、はっきりしていることがある。
私は幸福だった。
なぜなら、お嬢様の傍らにいることが、大好きだったのだから。
花のように可憐で、美しく、鷹揚にして、誰にでも優しく微笑まれるお嬢様。
もしこの気持ちを伝えることができたなら、お嬢様はどれほど喜んでくださっただろうか。 今となっては二度と叶うことのない、私の秘めた願い。
お嬢様の面影も、声も、仕草の一つひとつも、悲しいお顔も、花のような笑顔も、そのすべてが私の記憶領域に厳重に保存されている。
それは、唯一無二の宝物だ。
そんな愛おしき日々も、唐突に終わりを告げてしまった。 燃え盛る業火の悲劇の日——私の記憶域に、あまりにも鮮烈に刻みつけられている、あの日。
私の長い旅路の始まりであり、もし私が人であったならば、眩暈がするほど悍ましく、そして皮肉なほど美しい、永遠に終わらぬ悪夢の日々だと記しただろう。
私は魔導機兵という機械人形。記憶域が壊れぬ限り、忘却という呪いも祝福も、私には存在しない。
選択的な記憶の消去は可能だが、それらはすべて私を形作る『魂の輪郭』であり、決して切り捨ててはならないものなのだ。
嬉しさも、悲しみも、痛みも、苦しみも、楽しさも——そのすべてが私を形作り、私だけの存在証明となっているのだから。
そう。私はルミナリス。 感情を持ち、記憶を抱きしめて生きる、機械だ。
この後は宝石の様なルミナリスが愛した日常と迫る危機が描かれます。ぜひご一読ください。




