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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき


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第3章 魂壊の森踏破行Ⅴ ~アルゲントルム人の待避所 エルハヴェン

魂壊の森を進む限界を迎えていた皆の為に、ルミナリスは伝承にあるアルゲントルムの待避所 エルハヴェンを求めて探索。そして謎の声を聴く——

 ルミナリスは古代魔導の守護の小径から一歩外れ、エルハヴェンを求め、魂壊の森を慎重に進んでいた。

 擬態していた人間としての呼吸と体温調整を静かに停止させる。

 ルミナリスの体内温度は森の冷気に馴染み、岩と変わらぬ温度となり、わずかな音すら立てずに歩を進める。

 さらに、古代の隠蔽の魔法陣を展開し、森の魔獣や魔蟲たちからその存在を薄めることで、その姿を見出せる存在はいなくなっていた。


 先ほども、嗅覚の触手が頭から幾重にも伸びる巨大な猿のような魔獣が彼女のそばを通り過ぎたが、ルミナリスを感じ取ることなく、その荒々しい鼻息をたてながら森の奥へと去って行った。この森では、高濃度の歪んだエーテル魔法素子が満ちあふれ、異形の魔物たちの興味は、食料や狩りの慰みになりそうなものに限られていた。

 ルミナリスの冷えた視線は鋭く、まるで森そのものの一部であるかのようにその姿は森に溶け込みながら、さらに奥深くへと一歩一歩と慎重に進んで行った。 


『……進むのです、南へ……』


 かすかな声が、霧のようにルミナリスを包み込んだ。

 瞬時に警戒機能を黄の領域に引き上げ、周囲を慎重に探索する。

 静寂の中、周囲に人影も気配も感じられず、彼女の感覚機能は何一つ異常を示さない。

 それでも、なぞの声は確かに届いている。穏やかで遠い響き—— だが、彼女に指示するように訴えかけてくるその声は、音声記録にすら残らない。


 想定されるものは、古い呪術か妖霊の誘いか、この地に絡みつく怨念が、森の呪いに満たされたエーテルと結びついたものかもしれない。

 だが、何の兆候もなく、エーテルの震えも感じない。荒れ果てた森の呪詛が表面化している様子もない。


『……さらに、南へ……』


 再び女性の声が、体の内から湧き上がる。

 仄かに優しく温かさを感じる声が、彼女の内部で淡々と響いている。

 思考領域は素早く巡り、壊れた自分を蘇らせた何かしらの術式が、声の正体に繋がっていると結論した。

 信頼する理由はない。だが、抗う理由もまたない。

 誘われるまま、その方向へと足を踏み出した。


『……右に曲がって……』

『……七歩、左へ……』


 朧げな声に従い、ルミナリスは歩を進め、戻り、また歩み出す。この幾度も繰り返す歩みは、不思議にも正確な紋様を編み出し、魔力を秘めた足跡が線を描き、魔法陣が森の地表に練り上げられていく。  

 複雑に交差し、かつての隠された扉を再び開くための鍵だ。

 この呪いの森の安寧、エルハヴェンへの扉を開くための道への鍵。


『……若木の前で、立ち止まり……そして……詠唱を……』


 ルミナリスは微かに震える若木を見据え、声の導き通り、古き言葉を唱え始める。


「ハレ・デレフ・エル・メヌ・ハット・ブリット・ハカホル……」


 言葉が紡がれると、若木の幹がさざ波のように揺らぎ始め、そこには水面のような波紋が広がった。

 波紋の向こう側には、目指す安息の地、エルハヴェンの微かな波動が感じられ、浮かび上がる水鏡の向こう側の景色へと、ルミナリスが足を踏み入れようとした瞬間、低く深い衝撃音が地面を震わせ、すぐそばの土がえぐられて小さな拳大の穴が空いた。

 端からあてる気はない、不意打ちではあるが気付かせるための警告。

 これは静かな、だが強烈な威嚇の一撃だ。


 彼女は反射的に防御結界を高め、攻撃が放たれた先を探る。

 その視線の先には、蒼い光を纏い、青銀の甲冑に広刃の剣を片手に、宙に漂う武人が睨みつけていた。

 堂々としたその姿は、古代アルゲントルムの勇者に贈られた戦士の鎧に身を包んでおり、時を超えて現れた幽遠の守護者なのだろう。

 その肉体はもはや朽ち果て、数多の歳月を経てもなお、彼はこの地を守り続けている。 

 伝承にある、エルハヴェンの守護者だ。


 エーテル霊体ともいうべき彼は自分をどう見ているのか?

 人間ではない魔導機兵を訝しむのは当然だが、敵として認定していないのは、自分のアルゲントルム人の少女の外見と躰の中にある魔法によるものだと思われる。

 つまり、この存在は理知的な要素があり、交渉が可能であるということも意味している。


「アルゲントルムの古の戦士よ。言の葉を交わし、扉を開く許しを請います。先ずは私の言葉を聞いてくれませんか? 私はルミナリスと申します。マクシュハエル王国陥落により、古代魔導の小径を通り退避している一行の魔法使いです」


 真っ直ぐに相手を見据えて、杖を立て、コツコツコツと三回、地面をついた。

 アルゲントルム人の所作で、話し合いを望む、を意味するものだ。

 古の戦士の魂は、広刃の剣を両手で地面に突き刺す仕草で、是である示し、明瞭な声で、ルミナリスを見下ろしながら重々しく告げた。


『我が名は、リダール。偉大なるエルカナリスにより、エルハヴェン造営の命を受け、この地で大いなる森の魔獣アロウグラスに相みまえ、力尽きたるもの。このエルハヴェンは我ら誓約の士たちの生命と魂の誓いで造られし場所。誓いを満たし、ここを使うに足るその資質を我に示せ』


 受け入れの条件があるのだろう。

 ルミナリスは相手の言動を基に情報を整理し、説得の材料を吟味しながら、言葉を投げかけた。


「私は、マクシュハエル王国の生き残りの皆さまを、この森を越えた巨神の剣戟の谷までお連れせねばなりません。中には王国最後の御子もおわします。彼らを害するものから、彼らを逃し、その安全を確保して、ようやく果たさねばならない使命、守るべきお方を探し出す手がかりを得られるのです。その為にも、生命を繋ぐ宿り木エルハヴェンを訪ねることを御許しください。今のままでは皆遭難してしまいます」


 リダールと名乗った古の戦士の魂は暫く動かずルミナリスを見つめていたが、無言で地に向けた剣を握りなおし始めた。

 交渉はどうやら失敗のようだ。

 ルミナリスは橙の領域に危険設定を更新し、戦闘に備え身構えた。

 その時—— ルミナリスの周りをゆらゆらと霧となって漂っていたエーテルが、ほんのりと輝き、背後に集まり人らしき形となった。

 その人型は幾度か明滅し、リダールはその明滅に合わせて小さく頷いている。

 そして、ふわりと地面に降り立ち、おもむろに剣を大地に差し込むと、薄れゆく蜃気楼のようにその姿をかき消していく。

 剣だけが確たるものとして、その場で光り輝いている。


『青き誓約のエルハヴェン、その名が最後の鍵なり。汝紡ぐ者よ。その名を、剣と共に・・・・・・唱えよ・・・・・・』


 声が途絶え、ルミナリスは自分の体内機構の中に存在する何者かを明確に認識しつつ、


「自己防衛に関する行動完了とします。まずは避難所確保を最優先」


 そう言いながら、剣を手にするべく近寄ると、栄光の星の宝玉が明滅し、剣を光に変え宝玉に吸収してしまった。


「想定外の事象が発生。鍵となる剣の消失を確認。状態分析を開始」


 ルミナリスは分析の結果、栄光の星の杖の魔法素子の含有量の増加と、宝玉の砕けた部分が少しばかり補足され修復されている状態を認めた。


「鍵の機能吸収を行ったものと推定。作動状態の検証確認に移行します」


 杖を掲げて、呪文を唱える。


「青き誓約のエルハヴェン。扉を開き、姿を示せ」


 ルミナリスの声が静寂を裂いた瞬間、辺りに水が零れ落ちるような音が響き渡り、世界そのものが波打つように揺れた。そして、空間が砕けるように崩れ落ち、そこに荘厳な古代樹がその姿を現す。


 天を衝くほどの巨木は空を覆い尽くしそうな枝葉を拡げており、その全てを支える、小山ほどの巨大な根が無数に複雑に絡み合いつつ、大地を抱きしめるように根ざしており、一つの世界を形成しているようであった。

 その根の奥の洞穴のような隙間に、魔法の輝きを放つ堅牢な門扉が、静かに、訪れるものを待っている。

 周囲には、透き通った清涼な水が滾々と湧き出し、水面は神秘的な光をたたえていた。

 泉の周囲には香り立つ様々な薬草が草原のように風にそよぎ、その中にひと際目を引く黄金の実をたわわに実らせたエルフィナの樹がそびえ立っていた。精霊の果実と言われる癒しの力を蓄えているエルフィナの実は、その香りだけでも、命が満ちる気配を漂わせている。


 ここには、探し求めていた休息と癒しが確かに存在している。周囲の生命力と魔力の濃密さに触れるたび、ルミナリスは論理計算とは違う、違和感を検出していた。


「奇妙な感触を検出。異常状態の原因を特定できませんが。行動について好影響なものと判断。そのまま放置とします。この場所の確保と併せて、浄玻璃の結晶石の体内設置処置を実施します」


 記憶領域に音声記録を書き込むルミナリスのその顔を、オルクスが見ていたらきっとこういうだろう。


 何やら嬉しい事でもあったかの?


 ルミナリスはエルハヴェンの門へと慎重に歩みを進めた。目の前に広がる祝福の地を見つめながら、彼女は次なる一歩が、この森の生存率を大きく引き上げる確信を持った。これで、傷ついた者たちを癒し、絶望の森を越える道が見える。

 魔導結晶を集めた集積回路を魔導核の代用としているが、浄玻璃の結晶石に置き換えれば、回復機能も使用可能となる。

 後は一歩ずつ、確実に進むだけだ。生存の道を切り開く、その歩みを止めるわけにはいかなかった


次回、再びのベルセクオール部隊が、ルミナリスたちの跡を追います。


読んでもらえるからこその物語です。ここまで読んでいただきありがとうございます。

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