第3章 魂壊の森踏破行Ⅲ ~帝国追跡急襲部隊 ベルセクオール
帝国の追跡急襲部隊 ベルセクオール部隊。使い捨て部隊と言われる部隊であるが、いくつかの隊に分かれて編成され、それぞれが特殊能力を持つ獣人種や魔人種で編成された凄腕部隊でもある。その部隊の一つ魔眼部隊が、ルミナリス一行に目をつける。
ルミナリスたちが逃げ出した王城の地下水路に続く奈落を、赤い瞳を輝かせながら覗き込む長身の猫族の獣人が居た。
金の歯車と王冠の紋章、帝国紋の入った上着に包まれた体は細長くしなやかで、とがった耳に深紅の瞳、灰色斑の艶やかな毛並みに長い尻尾。
剣猫族と呼ばれるこの獣人種族は、特段に魔力感知に優れ戦闘力が高い個体で、強靭な体力と精神力をもつ獣人だ。
帝国は、服従した国々の獣人や魔人たちを取り込み、独自の軍事警察部隊を創設していた。正式名称は特別招集軍事特務隊ベルセクオール部隊というが、実際には『使い捨て部隊』の名称の方が広く知られている。
人的消耗損失を前提にした過酷な環境での任務内容が特徴的であり、その内容に見合った軍事警察行動に優れた能力をもつ種族や個体が徴用される。
徴用を逃げ出すと思い処罰が家族単位で課されるが、実は待遇面は金銭的にもかなり優遇されており、手柄を上げれば帝国等級市民制度で一般市民として扱われる四等級市民まで獲得できるので、獣人種魔人種を含め希望者は多い。
そんな特務部隊ベルセクオールの中で、一目置かれている『魔眼隊』の隊長が、この長身の剣猫族で名をゼイロスという獣人だ。
数々の功績により、人間至上主義の帝国において四等市民権迄得ている有能な獣人で、近いうちに名誉三等民になるのではないかと噂さえあるほど手柄も多い。
ゼイロスは、光の全く射さない真っ暗な奈落の底を、赤い眼で見つめながら呟いた。
「この下が、鋼鉄の忌々しい主蟲をぶっ壊した場所か。あれを壊した王国兵に喝采を送ろう」
「ゼイロス隊長。またそんなことを・・・・・・誰が聞いているか分かりません。不穏当な発言に配慮ください。前回のように隊長の反抗的精神の御かげで、また懲罰房にぶち込まれたら、今度こそ隊長と縁を切りますよ」
そう告げたのは、真っ黒な体毛に真ん丸の黒い瞳、長くピンと伸びた耳が特徴の幽霊猫族獣人で名はセリオ。神出鬼没で影から影の移動が可能な幽霊猫族は潜入追跡において無類の能力を発揮する。そして暗殺において、獣人種では右に出るものはいない種族でもある。
「セリオ、俺を見捨てる前にレナを拾ってきてくれ。調査が終わったみたいだからな」
「良いですか、懲罰房は嫌ですからね。僕が稼がないと妹や弟たちが食うものも喰えなくなってしまいます。僕の生活を壊さないでくださいよ」
幽霊猫族のセリオはゼイロスに念を押すと、奈落の陰に飛び込み溶けるように姿が見えなくなったと思ったら、すぐさま近くの瓦礫の陰から扇情的な半裸同然の恰好の美しい女性を抱えた不機嫌顔で現れ、
「もう、重い」
と抱えていた女性を放り出した。
放り出された欲情をそそる豊満な体つきの女性は、魅惑的な顔を歪めながら、自分を運んできたセリオに文句を言う。
「何よ、痛いじゃない。こんなに素敵な女性をもっと優しく扱おうとか思わないの?」
上目遣いに潤んだ瞳でじっと見つめる美しい女性に、セリオは、敵意と牙を剝き出しにして言葉を吐き出した。
「魔人がそれぐらいで痛いって言うな。それに僕ら幽霊猫には、お前らの魅惑みたいな姑息な能力は効かないって、何度言ったら覚えるんだ? この色魔め」
「あら、つれない。あんまり冷たくされると生命力吸いたくなるかも・・・・・・」
「へえ、魔人種とはいえ、幽霊猫族の僕相手にそれができるとでも? 馬鹿馬鹿しい」
「子猫なのに態度だけは相も変わらず大きいのね」
セリオと睨み合っている半裸同然の美しい女性は、水と森の魔人で、獲物を魅了し生命力を糧とする魔に染まった精霊を祖とするニンフ族のレナであった。
セリオもレナもゼイロスと同じ、帝国軍の紋章入りの服装に装備を身に着けている。
「いちゃつくのは其処までにしろ。レナ、先に報告だ」
ゼイロスの発言にレナもセリオもすぐさま体を伸ばして軍人らしい動きで答える。
「はい。では見たままを伝えます。インペリウス・セクタを破壊したのは—— 水の魔竜〝ヴェロキリア″でした。残骸の傍に死に立ての死骸がありました。相討ちですね。あんな怖い魔竜を斃しちゃう魔導機械ってやっぱり危険です」
再び両腕を抱えて胸の谷間を強調するレナに、ゼイロスは冷たい視線を投げかけた。
「それで、鉄の主蟲が水底まで追いかけた理由は判ったか?」
レナはゼイロスの冷たい対応にやっぱりかと頬を赤らめて身震いした後、再び軍人らしくはきはきと答える。
「おおよその検討ですが、水底に比較的新しく壊されたと思える魔導脱出船と、インペリウス・セクタの躰にこれが付着していました」
レナがゼイロスに差し出したのは、ペンダントになっている魔導結晶で、オルクスが放ったものであった。
「追跡又は抹殺対象が居たのだと思われます。水路が派手に破壊されていてそれ以上のことは判りませんでした。直に技術工作隊がインペリウス・セクタの記憶解明をするでしょうが、水の魔竜をけしかけてインペリウス・セクタの攻撃から逃げおおせた者がいる以上、こちらの案件になるかと思います。他の猟襲部隊に横取りされないように手を付けませんか?」
レナが急に色めき立ち始めた。金の匂いを嗅ぎ取っているのだ。
「渦巻く昏い水の中で、水の魔竜をけしかけた、ねぇ。凄いことを考えて実行できる奴がいるんだなぁ。間違いなく大金を生む。どれ、この魔導結晶がどこの産地のものか見てみよう」
ゼイロスは赤い瞳を拡げて魔導結晶をしばらくじっと眺めていたが、ふむと息を吐いた。
「駄目だ。見事なくらいに妨害処置が施されている。まあ、しかし、ここまでややこしい事が出来るのは、エルフかドワーフくらいだろう。となるとエルフリアの何者かで決まりかな」
レナも大きく頷いて同意した。
「はい。異論はありません。ドワーフのブレヴィス・モンティス国は一応帝国同盟国ですし、何よりその魔導結晶からは精霊の匂いがプンプンします。音の精霊の匂いが強いですね。音の聖霊に守られているエルフリアの氏族は、あのフルミニス氏族です。殺戮者の一族だとしたらどうします?」
魔人種で元は精霊のニンフ族であるレナの魔法や魔力への察知や感知能力は、僅かな流れさえ見逃さない。魔法の内容や種別などの識別はエルフの魔導士すら舌を巻くほどで、魔眼隊における魔法検知を一手に担っている。
セリオがその話を受け、鼻の穴を拡げて目を輝かせた。
「フルミニス・・・・・・オルクス・フルミニス。緑の瞳で全てを見通し、悪魔すら斃すエルフ族の守護剣聖、魔人や魔物からあらゆる種族を守る魔剣使いの英雄。全種族の男の子の憧れだよ」
魔人種であるニンフのレナが、敵対種族であるエルフの名前を聞いて、怒りで顔を歪める。
「エルフの英雄? 無いわー。あんなのただのお伽話でしょ? 信じ込んでいるだなんて、見た目の通りお子様猫ね。ほら野鼠でも取りに行ったらどう?」
「退治される側の魔人が何を言っているんだ? 英雄オルクスの代わりを僕がしてもいいんだぞ?」
「あら? 子猫ちゃん。出来もしないことで、敵わない相手にはしゃぎすぎると怪我するわよ」
にらみ合う二人に殺気が漂い始めた時、うるさいとゼイロスが何も言わずジロリと見つめて、セリオとレナの口を封じる。
「伝説の剣士だろうが何だろうが足取りを追い、正体を見極めるのが俺達の仕事だ。うっかり捕まえるか始末出来たらなお良しだが、鋼鉄の主蟲を壊してのける今回の相手は手強そうだ・・・・・・という事は、情報だけでも良い金になる。残り二人も呼び戻して、魔眼部隊全員で取り掛かるとしよう」
セリオが顔を歪めて嫌そうに吐き捨てる。
「ヴァルタとアルーザもですか。鬱陶しいし取り分も減るよな」
レナも嫌悪感露わに肩をすくめながら告げた。
「アルーザが要るような仕事? 危ないじゃないですかっ。あいつが出張るような場面が来たら、あたし逃げますから。隊長が何を言っても逃げますからね。あたしは色事専門で戦闘職じゃあ無いですからねっ」
ゼイロスはやれやれといった表情を浮かべると、声を荒げた。
「黙って命令に従え。お前らが死んだらその分の金はありがたく頂戴しておく。さあ、もう少し調べて手がかりを探すぞ。セリオは瓦礫の下の魔導機兵、レナは水路と水路の流れている先を見て何か探しておいてくれ。使い捨て部隊の名は飾りじゃないぞ。役に立たないとごみ箱行きだからな。ぐずぐずしていたら帝国が捨てる前に俺が捨てるかもしれんぞ」
ゼイロスの声色は冗談めいていたが、その瞳に笑いはなかった。
使い捨てという言葉を、一番よく知っている者の眼だった。
次回は魂壊の森を進むルミナリスの困難な道行を描きます。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
丁寧に書いていきますので、この後もご一読ください。




