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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき


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第2章 王都陥落Ⅵ ~ 燃える王城と魂壊の森

王城を脱出したルミナリスとオルクス一行は、避難場所を求めて石板の示す、巨神の剣戟 という伝説の溢れる谷へと向かうことになった。

しかし、その谷に向かうには、神々すら見捨てたといわれる『魂壊の森』を進まねばならい。


「あああっ、御城が——御城が……!」


 若い侍女の悲鳴が、夜気の中に震えた。

 神聖王国連合マクシュハエル王国の王城フェリキタティスは、業火に焼かれて崩れていく。


 城は、千年の時を刻み、幾多の王たちの祈りを宿してきた。石壁は歴史の象徴であり、王国そのものだった。

 だが、今やそれが音もなく崩れ落ちていく。

 白金の塔が折れ、緑の庭が赤に染まり、そして土がむき出しの荒れ野となった。


 ルミナリスの瞳に宿る光は、感情ではなく情報の記録だ。

 それでも、滅びの光景を目の当たりにし、何かが胸の奥でわずかにざわめいた。

 それが何か、まだ定義できない。


 秘密の抜け道の水路の終着は、静かな湖畔。燃える城は遠く、火の粉はここまで届かない。

 生存者たちは岸に這い上がり、息を荒げていた。


 オルクスと数人の兵士が、魔法船を破壊し隠滅している。

 若い侍女は崩れゆく王城を見上げ、ただ泣き崩れていた。


 ルミナリスはゆっくりと歩み寄り、まるで舞踏会で挨拶するかのように一礼した。


「皆さま。まずは、敵に気づかれぬようお静かに。目的地はこの湖を北西へ——“巨神の剣戟”と呼ばれる裂け谷があります。石板の地図によると、王族用の古い避難所が残っているようです。そこへ向かいましょう」


 石板に侯爵の腕輪をかざした。古いごつごつした表面に、地図が淡く浮かび上がる。


 その光を見つめながら、年かさの侍女は小さく頷いた。

 だが、若い侍女は泣きながら燃える城を見続けている。


(……どうして、動かない?)


 ルミナリスの内部演算が静かに回転する。

 城はすでに崩壊し、援軍など見込めない。ここに長く滞留すれば生存確率は急激に低下する一方だ。感情というものは、理の下では最も非効率な反応——だが、なぜか視線を逸らせなかった。


 ルミナリスは全体を見渡し、冷静に状況を再整理した。


 エルフの剣士オルクスと抱えられた赤子。それ以外に九名。

 侍女三名、兵士四名、庭師二名。

 内一名は重傷者だが、現状で見捨てるという選択は失われた。

 どうにか命を長らえさせながら帯同させるしかない。。

 階級は異なるが、いずれも王城の内にいた者たち。情報は保持しているはずで、もしかしたら有用な内容を知る者が居るかもしれない。


 自分の使命は、フィリアという名の女性を探し出し、生活環境を保全すること。そのためには、王族関係者の知識と記憶を共有する必要がある。


 生き延びるよう仕向けなければならない。今いる者たちは、貴重な情報源であり、今後の計画を遂行する上で必要な協力者たちだ。


「帝国の索敵網が動きます。発見までの猶予は余りありません。退避を推奨します」


 淡々と述べるルミナリスに、オルクスが頷いた。


「聞いたであろう。ここには留まれぬ。進むぞ!」


 だが、誰も動かない。その顔に浮かぶのは恐怖と絶望の色だ。


 ルミナリスはゆるやかに視線を巡らせた。

 湖の北方には、薄い霧が棚引いて、その奥には——巨木がひしめく樹海があった。


 深く、古く、息づく森。

 光も闇も全てを飲み込み、逃がすことのない森。


 誰もが、その森の名を知っている。

 “魂壊の森”だ。


 かつて、神々と巨人と神龍が争った巨竜戦争の名残がいまだ息づく、禁忌の樹海。

 神々が見捨てた呪われた地。


 森は濃厚すぎて物質化しているエーテルの霧に覆われている。

 それはただの魔力ではない。——魂すら蝕む霧だ。


 入り込んだ者は、己の心を鏡のように映される。

 恐怖、執着、愛、怒り——それらがエーテルに侵食され、形を失う。

 意識が剥がれ、魂が砕け、再構成される。やがてそれは、声となり、肉体を失った怨念となって森に還る。

 人はそれを「魂壊」と呼ぶ。


 どれほど強き意志をもってしても、森の中では「自分」という輪郭が霧に溶けてゆく。

 かつて王国が幾度か踏破を試みたが、大軍をもってしても三日と持たずに潰走したといわれる、それほどの場所だ。


 ルミナリスは、石板に再び指を走らせた。

 古い避難路は、確かにその森の奥、“巨神の剣戟”と呼ばれる裂け谷へと続いている。


「……進むしかありません」


 彼女の声は冷たく、けれど澄んでいた。炎に照らされる瞳は、翡翠のように光を反射している。

 オルクスは、その眼差しに一瞬見惚れた。生き抜こうとする意志に溢れた無垢な眼。

 あれほど静かに“生”を映すものは、長い生の中でもそうは見たことがなかった。


 王城は燃え続け、夜空を焦がしていた。

 灰が雪のように降り、湖面を赤く染める。


 ルミナリスは一度だけ、振り返った。

 その視線は——記録でも任務でもない。

 人であったなら、名も知らぬ痛みのようなものが、ほんの一瞬だけそこにあったとでもいうだろう。


 しかし、今のルミナリスには小さな観測の誤差にしか過ぎない。

 次の瞬間、踵を返す。


「進行を開始します」


 燃える王城を背に、一行は躊躇う足を引きずるように“魂壊の森”へと歩みを進めた。


次の話は、魂壊の森へ足を踏み入れるルミナリスたちの決意と苦難が描かれます。


ここまで読んでくれてありがとうございます。とても嬉しく思います。

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