第2章 王都陥落Ⅴ ~昏き水の苦闘
ルミナリスとオルクスは王都脱出の唯一のルート、深き奈落の水の流れに逃れるが……そこに表れたのは水棲の魔竜ヴェロキリアだった。帝国の鋼鉄の芋虫と水棲魔竜両方に相対する二人は—— 王都脱出のクライマックス。
激しい炎に包まれながらも、帝国の鋼鉄の芋虫、魔導機兵が再び動く。
その複眼が御子の乗る船を補足し岩砕砲の狙いを定めた瞬間——
「させぬっ!」
オルクスは剣を掲げ、緩やかな時の流れの中、詠唱を剣に捧げた。
「刻まれし力名は疾風っ、勇名は迅雷——アニハバラク!」
雷鳴が轟き、青い閃光が炎と混じり、紅蓮と蒼光が交錯し、奈落が昼のように照らされた。
「大地母神の裁きの炎雷の物真似じゃ。どうじゃっ」
だが、鋼鉄の巨体は動きを止めなかった。
オルクスが舌打ちをし、剣を構え直す。
「頑丈な奴め……これ以上の大技はここでは使えん……」
その時、風が生まれた。
ルミナリスが杖を掲げ、オルクスの耳元で魔法の声で囁いた。
「——オルクス様、こちらへ。早く」
オルクスがちらりと見て、破損の少ない脱出船に乗ったルミナリスへ小さく頷く。
「刻まれし力名は疾風、勇名は旋風——ヴェロキテル・ウト・ヴェントゥス」
爆発的な風が渦を巻き、水が白煙のように巻き上がる。
視界を覆い、魔導機兵の感知をほんの一時、奪い取る。
その一瞬に、オルクスは風を掴むように跳び、奈落へと流れ落ちる魔法船へ飛び乗った。
「また、助けてもろうたな」
戦場には似合わない穏やかな笑みを浮かべながら、静かに言った。
船の壁は所々穴が空いていたが、全て魔法の光で覆われていた。
「守護結界を張ります。落下衝撃に備えてください」
ルミナリスの声が響き、船体を包む光が強まる。
ルミナリスはそのまま魔法の杖を捧げもち、魔法船を覆い尽くすほどのうっすらと輝く光の風を巻き起こした。
光の風は翡翠色をした魔法船の壊れた外壁に反応し、壊れたところを綺麗に型取り、より輝いて光の壁を形成してゆく。
オルクスがその様子に目を細めて感心した刹那、爆発音と共に水路の一部が瓦礫と化し吹き飛ばされ、爆音と水飛沫を迸らせながら芋虫のような魔導機兵が飛び出してきた。
岩砕砲の照準を落下しながらも既にぴたりと合わせており、排除対象を粉々に打ち砕くべく、魔力波を震わせ撃ち放った。
「ルミナリス殿っ、結界を強く頼むっ」
オルクスの言よりも先に、ルミナリスは魔法の杖を触媒に守護結界を更に強め、障壁が更に強く輝いた。
岩砕砲の砲撃が直撃すると、展開している障壁の一部が消し飛び、魔法船の外殻を破壊し船体に穴をあける。
オルクスはその隙間から、魔剣アシュラムを魔導機兵へめがけて投擲した。
「守れっ。ホスティセ・プロストラーレ・クスト」
魔剣アシュラムは落下してくる地中魔導機兵の眼前で高速でくるくると回転しながら、岩砕砲の砲撃を切り払う。
しかし、岩砕砲の描く攻撃の軌跡は余りにも数が多く、高速で回転しながら飛翔している魔剣でも防ぎきれない。
更なる直撃が障壁を震わせ、魔法船がかしいで軋みを上げる。
障壁の防護能力はたちまち飽和状態となった。
ルミナリスはさらに魔力を振るい障壁を強めたのだが、岩砕砲の威力にもう持ちそうにもない。
オルクスは聖印石を袋から取り出し、水神の印を刻み、魔力を込めて握りしめると口に含んだ。
「オルクス様っ、衝撃に備えて—— 」
と—— 鈍く重い音と同時に叩きつけられたかのような衝撃が起きた。
大きな水飛沫が上がり、ルミナリスとオルクスは水中にあった。
魔法船が砕け散り、ルミナリスとオルクスはごうごうと渦巻く激流の中に投げ出された。
ルミナリスは魔法の杖をその身に抱え、周りに守護結界を展開し、左腕の魔法の盾を更なる守りとし、オルクスは魔剣を呼び戻し、魔力の力場を作り出して自分を覆って守る。
ルミナリスがそのまま激流に身を任せていると、暗く渦巻く水の中できらりと巨大な眼が暗い底から浮かび上がるのが見えた。巨大な眼はルミナリスをしばらく見つめていたが、何の反応もせずに真っすぐにオルクスへと向かっていった。
ルミナリスは、分析眼の百眼で体表を黒い緑色の鱗で覆われている巨大な水竜を走査していた。
「水棲剣牙竜種〝ヴェロキリア″と特定。魔力量と生物の体温で獲物を認識、その牙と顎の力から死の顎の別称が表わす通り、水中戦艦すら噛み砕く極めて強力な個体……現状での有効な攻略を演算……」
渦巻く暗い水の流れの中、ルミナリスが演算をしている最中、オルクスは迫りくる巨大な影を捉え、重く響くうなり声を耳にしていた。
(随分と腹をすかして居るようじゃ)
オルクスは激流に流されるまま、どうやって打破するか、水の中で自分の打てる手を考えた。ここまで来るのに長年にわたって取り揃えた伝説級の道具や魔石などの大半は使い果たし、今もとっておきの聖印石に水神の印を刻んで使用している。溺れて死なないようにするのに精一杯だ。
(……さて、どうする?)
追い詰められている状況ではあるが、その表情には余裕がうかがえる。
「オルクス様、水竜は熱があり魔力が高いものに反応します。魔石か何かありましたら、後方へ—— 魔導機兵にぶつければ、逃げ切れる可能性があります」
突如、水中であるというのにルミナリスの声が耳元で聞こえ、関心のあまり笑みを浮かべた。
(大魔導だけが力ではない、だな。見事)
首から下げていた魔力結晶石を取り出し引きちぎり、剣に擦り付ける。
途端に結晶石は眩い光を放ち始め、紐をアシュラムへ巻き付けると手を離した。
魔剣は持ち主の意図を読み取り、激流を切り裂きながら、結晶石ごと魔竜の傍を掠め、地中型魔導機兵の許へと飛んでいく。
魔竜は狙い通り標的を換え、巨体とは思えない素早さで反転し後を追っていった。
オルクスは遠ざかる水竜の姿を見届けながら、
(水神イラヤルよ。我が祈りと聖印により、恩寵をこの身に授け賜え)
と祈りながら同時に口に含んでいた聖印石を噛み砕いた。
水神の刻印が浮かび上がり、オルクスの額に刻まれる。
オルクスは途端に水の流れよりも早く、ルミナリスの許へと向かい、結界ごとルミナリスを引いてすさまじい速さで、下流へと向かう。
突如、地鳴りのような激しい音が響き、併せて衝撃が水の流れを激しくかき乱した。水の魔竜と魔導機兵が争っているのだ。
ルミナリスは自分の障壁が衝撃により軋んでいるのに、涼しい顔をして勢いを緩めず進むオルクスを分析しようと、無遠慮な視線を投げかけていた。
それに気づいたオルクスは、水の中であるということを忘れてしまうかのようなはっきりとした声で、
「とっておきの聖印石を使ったのだ。今の儂は水神様の眷属。魔力の続く限りは水の中でのことはどうとでもなる。とはいえ、長くはもたんし、直に力尽きじゃろ。その時は結界の中に入れてくれ。それまでは出来るだけ距離を稼ぐ」
声は冗談めいていたが、眼は真剣だった。
ルミナリスはほんの一瞬だけ——表情を動かした。
笑みではない。
けれど、それは“理解”の光だった。
胸の奥、寄せ集めの魔石の核のあたりで、何かがかすかに、鼓動のように震え、ルミナリスは後で検証をすべく、記憶領域に現象をとどめていた。
次回は、生き残りの命運をかけた逃避行が描かれます。
ここまで読んでくれてとても嬉しく思います。
ありがとうございます。




