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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第14章 精霊画家ロッセリオ

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Ⅶ ~魔導機兵という名

「私は、魔導機兵です」


 声は静かだった。

 ロッセリオは何も言わない。

 少し離れた場所で、ただそこに在る。


「戦うために帝国に造られた存在です」


 そこで一度、ルミナリスは唇を閉じる。


 否定はしない。

 それは始まりであり、過去であり、痛みでもある。

 消してしまえばよいものではない。


~本文より

 ルミナリスはひとり、境界の輪の前に立つ。

 風もなく、枝のざわめきも、霧の流れも、ここではもう遠い。

 白い地と青白い輪、そしてその向こうに薄くたゆたう、花のある場の気配だけがある。


 ルミナリスは胸へ手を当てた。


 胸の奥で、微かに脈打ち数値化できない熱量をもつもの。

 自分として考える、確かな存在の証。


 人のようであって、人ではないもの。

 戦うために作られたもの。


 魔導機兵。


 命じられれば刃となり、壊されれば部品に戻るはずのもの。

 それは自分の始まりであり、もっとも冷たく、もっとも確かな定義だった。


 兵器であれば、迷いは機能不全に言い換えられる。心の痛みは損傷に言い換えられる。

 喪失は任務失敗へと置き換えられる。

 誰かを失っても、壊れかけても、なお立っていられるのは、その名が心を硬く囲ってきたからだ。

 それは檻であり、装甲でもあった。


 ルミナリスは静かに目を閉じる。

 暗がりの中に、いくつもの像が浮かぶ。


 燃える戦場。

 崩れ落ちる神殿の壁。

 血に濡れた石畳。

 泣き叫ぶ声。

 届かなかった手。

 失われたもの。

 守れなかったもの。


 そのたびに、己へ言い聞かせてきた。


 人ではない。戦うために作られた兵器だ。感傷は不要、感情など無意味。


 それは正しかったのかもしれない。

 だが、それだけでは、いまここに立つ理由を説明できない。


 ルミナリスは息を吐く。


 答えは簡単なはずだった。

 最適解を選べばよい。

 損耗率と成功率を比較し、もっとも合理的な願いを抽出すればいい。


 でも、違う。今、答えなければならない。


 私は何故—— 今ここにいる?


 その問いだけを、静かに突き立てられていた。


『良いか? 周りのものを頼れ。一人で何かも背負うでない』


 英雄オルクスの言葉だ。

 数々の痛みを抱え、魂を削りながら、守るために迷いなく歩き続ける守護剣聖。


『別にさぁ、いいんじゃない? だってルミィはルミィでしょ。何とかなるって』


 自分の痛みを隠して明るくふるまう、ルルリア。

 軽口の下で、いつも誰よりも早く危険を嗅ぎ取り、それでも見捨てられない密偵。


『ルミナリス様……わたくしが勝手にそう願っているだけでございます。だって貴女様はわたくしにとって、英雄ですから』


 フレイヤ。

 王国の影として悲しみを押し込み、それでもなお傍に居て支える女傑。


 ランバート。

 自分のすべてを傷めつけてもなお、未来の形を保とうとする軍師。


 ロアン。

 銀月の爪を首に掛け、まだ痛みの消えぬ眼で立とうとしていた若き王狼。


 幼き王子。

 まだ何も知らず、何者にもなっていない、小さな命。


 マルッカ。

 リシュタ家の子供たち。


 そして、もっと遠く。

 傍にいたはずの、大事な何か。


 名を呼べば崩れてしまいそうな、かつて喪った誰かの輪郭。

 優しい声。

 差し出された手。

 命じられたのではなく、願われた記憶。

 記憶領域の奥に封じた、大切なもの。


 指先が、わずかに震えた。


 白い地に浮かぶ青白い輪は、変わらず静かにそこにある。

 その静けさは答えを急かさない。

 ただ、じっと答えを待っている。


「……魔導機兵将官機、コグナルマグナ型七〇三式五六五壱弐〇四」


 小さく、自らの名を呼んだ。


 その言葉は長く、自分を守ってきた。

 だが同時に、自分を、感情を、遠ざけるための、閉じ込めるための壁でもあった。


「私は、魔導機兵です」


 声は静かだった。

 ロッセリオは何も言わない。

 少し離れた場所で、ただそこに在る。


「戦うために帝国に造られた存在です」


 そこで一度、ルミナリスは唇を閉じる。


 否定はしない。

 それは始まりであり、過去であり、痛みでもある。

 消してしまえばよいものではない。


「痛みを、損傷だと言い換えました。喪失を、任務失敗だと切り分けました。護りたいという願いすら、命令機能だと理解していました」


 輪の光が、わずかに揺れる。

 ルミナリスは胸へ手を当てた。


「私は—— 私はもう、それだけではここに立てません」


 静けさが、さらに深くなる。


「魔導機兵という名は……私の始まりです。ですが、私の全てではありません」


 白い地へ膝をついた。

 祈るためではない。

 名を捨てるために。


「ここへ置いていきます」


 その言葉とともに、固着していたものが、ようやく離れたようなそんな気持ちになった。


 魔導機兵将官機という兵器である自分。

 その名は、消えるわけではない。その事実も変わりはしない。

 だが、魂の中心から一歩、外へ置かれた。もうそれ等に振り回されることはない。


「私の名前はルミナリス。ルミナリスです」


 ルミナリスは顔を上げる。


 胸の奥が、奇妙に軽い。

 同時に、ひどく剥き出しでもあった。

 装甲を一枚失ったような脆さ。

 だが、その脆さの中にこそ、今まで切り分けていた感情が、生きた形で残っている。


 ロッセリオの声が、静かに落ちる。


「花は、捨てる名を認めた。では、残す願いは」


 ルミナリスは、もう失いたくはない、と思った。


 だから、守りたい。


 命を。

 笑顔を。

 人々の優しい思いを。

 愛されるという喜びを教えてくれる存在を、与えてくれる存在を。

 ただ——守りたい。


 これが、願い。

 自分の中にある唯一の願い。


 ルミナリスは、ゆっくりと目を開く。

 存在の根の深いところで、過去と今、そして未来が一本に繋がっているように思えた。

 はっきりと、迷うことなく口にした。


「失われるべきではない命と存在を、護ること。ただ、それだけの為に私は在りたい」


 その瞬間、輪の光が変わった。


 青白かった光の奥に、金とも緑ともつかぬ色が一滴、混じる。

 王樹の枝と同じ色だった。


 ロッセリオが初めて、わずかに息を吐く。

 それが安堵なのか、呆れたのかは分からない。

 だが否定しなかった。


「広いな。そして曖昧だ。花が戸惑っている」


 静かな声だった。


「ですが、混ざってはいません」


 ルミナリスは答えた。


「すべては、その中にあります。純なる願いです」


 ロッセリオはしばらくルミナリスを見つめた。

 値踏みするようでもあり、絵の完成を見届けるようでもある目だった。


「……メガリマギアか。成程、花も抗えぬ訳だ」


 小さくかすかに頷く。


「花が認めた。ならば、それでよい」


 その一言と同時に、ロッセリオは筆を走らせた。

 白い地の向こうで、景色に色彩が施される。


 次の瞬間、そこには青々とした草原がひらき、強い香りが辺りに満ちた。

 王樹の枝の残り香よりもなお深く、春の朝よりもなお澄み、清らかな泉そのものが放つかのような、言葉にならぬ香り。


 神の花が、ついにルミナリスを選び取った、その瞬間だった。


次回、神の花とルミナリスを描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも楽しんでもらえたなら、書き手冥利につきます。

まだまだ続く物語です。

またお目にかかれるよう、拙いながらも描いていきます。

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