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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第14章 精霊画家ロッセリオ

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Ⅴ ~それでも守るべき名

青白い灯は数を減らしながらなお続いている。

 道の幅はさらに細くなり、両脇の影は濃く、頭上の枝は低く垂れこめていた。

 時折、何かが囁いたように思える。だが言葉ではない。

 この道にあるものは、最初から人の耳に聞かれるためのものではないのだろう。


~本文より

 最初の選別は終わった。

 だが道はなおも奥へ伸びている。

 静かに、容赦なく、次の名を剥ぐために。


 ルミナリスとオルクスは、再び枝の香りを追って歩き始めた。

 ルルリアの気配はしない。

 振り返らずとも、それは感じ取れた。


 青白い灯は数を減らしながらなお続いている。

 道の幅はさらに細くなり、両脇の影は濃く、頭上の枝は低く垂れこめていた。

 時折、何かが囁いたように思える。だが言葉ではない。

 この道にあるものは、最初から人の耳に聞かれるためのものではないのだろう。


 オルクスは無言のまま歩いていた。

 王樹の枝を持つ手は揺れず、歩みも乱れない。

 老いてなお、衰えを知らぬ守護剣聖の背はまっすぐだった。


 オルクスの意識は前だけにない。

 すでに外れたルルリアの方へ。そして、これから先へ進む自分の方へ。

 そのどちらにも同時に向いている。


 老剣士は、今もなお“全員を守れる位置”を探していた。

 やがて道の先に、大きな影が見えた。


 巨大樹だった。


 見上げるほどの古樹が、道の中央に立っている。

 幹は裂け、半ば朽ち、それでもなお内側に淡い光を抱いていた。

 根は石畳を押し上げるように盛り上がり、道を横切るように広がっている。

 まるで、この先へ進むなら、自分を越えてゆけと告げているようだった。


 ルミナリスが立ち止まる。


「前方に構造物……いえ、巨大樹のうろを確認」


 オルクスもまた足を止めた。辺りに気を配りながらルミナリスに迫るものを探る。

 脅威に気を付けながら足を進めた。

 石畳を突き破り、巨大な根が盛り上がり山のようにそびえたち、オルクスの歩みを遮った。

 その時だった。

 ロッセリオの声が、またどこからともなく落ちてくる。


「老剣士よここまでだ」


 短い一言だった。

 だが、それだけで十分だった。

 オルクスは古樹を見上げたまま、低く息を吐く。


「……なるほどの」


 その声には、もう半ば納得があった。

 ロッセリオは姿を見せない。

 ただ枝の道そのものから響くように言葉を置く。


「お前は“導く者”を捨てられぬ」


 オルクスは答えなかった。


「若き者を先へやり、自らは最後に残る。守るために一歩遅れ、見届けるために半歩退く。それが染みついている」


 静かな声だった。

 責めてもいない。慰めてもいない。

 ただ、見抜いたものをそのまま言葉にしているだけだ。


「この樹の向こうでは、それが遅れになる。その魔剣を手に入れた時とは違うのだ」


 オルクスの指が、魔剣アシュラムの柄にわずかに触れた。

 反射のような仕草だった。

 何かあれば守る。それはあまりに長く身に染み込んだ在り方だった。


「導く者であろうとする限り、お前は問いに触れる前に、誰かのための構えを作る」


 ロッセリオの声が続く。


「神の花は、それを好まぬ」


 枝の道は静かだった。

 青白い灯も、垂れこめる影も、何ひとつ音を立てない。

 それなのに、今この場ではその静けさそのものが、オルクスの内側へ深く食い込んでいるようだった。


 オルクスはしばらく何も言わなかった。


 老いた剣聖。守護者。導く者。

 それらは飾りではない。

 長い歳月の中で、血と喪失と誓いの果てに、ようやく形を持った名であった。


 それを捨てろと言われて、即座に頷けるはずもない。

 やがてオルクスは、わずかに目を伏せる。


「そうであろうな」


 低い声だが、口元には笑みが浮かんでいた。

 ルミナリスが彼を見る。


「オルクス様」


 老剣士は視線を古樹から外し、ルミナリスへ振り向いた。


「ルミナ嬢。ここから先は、お主ひとりで行け」


 その言葉に、ルミナリスの胸の奥で何かがざわめく。


「ですが」


「案ずるな」


 オルクスは、かすかに口元を緩めた。


「しくじったなどとは思わぬ。もとより、いずれこうなる気はしておった」


 オルクスは古樹の根元へゆったりと歩み寄る。

 するとそこだけ、地面の色が変わった。

 柔らかな苔と、淡い灯に囲まれた、静かで安らぎにみちた円座があらわれた。

 巨大樹は待つための場所を、暫しの憩う場所を供している。


「わしはここで待つ」


 オルクスは静かに言った。


「守るなと言われても、待つことまでは捨てきれぬからの」


 それは敗北ではなかった。

 老いた者が、自らの限界と形を知ったうえで、それでもなお折れずに在る声だった。


 ルミナリスは一歩、近づきかけて止まる。

 この道では、その一歩が余計なものになることを、もう理解していた。


「神の花を手に入れて戻ります」


 代わりに、はっきりとそう告げた。


 オルクスは頷くと王樹の枝をルミナリスに投げ、しっかりと受け止めたところを見て、再び笑みを浮かべた。


「うむ。頼んだ」


 その一言だけで十分だった。


 ロッセリオの声が、再び落ちる。


「残るのは、ひとり」


 古樹の影が深く揺れた。

 青白い灯が、一本の流れとなってさらに奥へ続いている。


 ルミナリスはオルクスを見た。

 老剣士はもう前を見ていなかった。

 前を見る必要がないのだ。

 自らがここまでだと受け入れた者の静けさが、その背にはあった。


 それでも、その気配はまだ自分を守ろうとしている。

 届かぬ場所からなお見守ろうとする、その在り方だけは最後まで消えない。


 ルミナリスは小さく頭を下げた。


 そして前を向く。


 青白い灯はさらに少なくなる。

 道の輪郭も、もうほとんど香りだけだ。

 枝の匂い、湿りを含んだ夜、そしてその奥にひそむ、まだ名を持たぬ気配。


 ルミナリスはひとり、さらに奥へ歩き出す。神の花へむけて。


次回、ルミナリスに訪れる試練を描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また是非、お目にかかれることをお待ちしています。

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