第12章 爪牙の誓いⅤ~ 柔らかな策謀
しばしの沈黙が訪れたその時だった。
「横から、失礼いたします。皆様……よろしいでしょうか?」
静かな声が響き、皆、振り返った。
そして、その姿を見て目をみはる。
蜂蜜色の髪に琥珀の瞳。
柔らかな微笑みを浮かべた人間種アリシノーズの美女が現れた。
よりにもよって、獣人種ばかりの場に、たった一人で。
~本文より
ノビリスの言葉が、空洞に落ちた。
獣人たちは、沈黙していた。
補給を断つ。それは理に適っている。
だが、一つ二つ潰したところで、効果は薄く、逆賊として葬り去られる危険性が高い。
効果的に、どこをどう攻めて、帝国の弱点を突くのか?
獣人種は通常、第五等民以下で、補給線や補給基地の内容や情報などを知りえない立場だ。
詳細な情報を仕入れていることに皆驚いていたが、継続戦闘を帝国に隠れて行うほどの力がないことは、皆知っていた。
誰も、そのことを口にしない。
しばしの沈黙が訪れたその時だった。
「横から、失礼いたします。皆様……よろしいでしょうか?」
静かな声が響き、皆、振り返った。
そして、その姿を見て目をみはる。
蜂蜜色の髪に琥珀の瞳。
柔らかな微笑みを浮かべた人間種アリシノーズの美女が現れた。
よりにもよって、獣人種ばかりの場に、たった一人で。
「……誰だ」
黒獅子族が唸りながら、牙をむいた。
「毛無しが、なぜここにいる」
それに応じて、その場にいた獣人種全員の殺気が膨れ上がる。
「毛無しは此処には要らんっ。消え失せろっ」
黒角牛の巨躯の獣人が大声を上げ、掴みかかった。
だが、ノビリスは、黙したまま動かなかった。
人間種の女に視線を向け、一瞬頷いただけであった。
「お静かにお願いいたします」
女性の背後に銀色の球体が三つ浮かび上がると、黒角牛の巨躯の獣人を感電させ、一撃で気絶させた。
女は指で球体の一つに指示を出し、黒角牛獣人を宙に浮かべて、息を吹き返させるとそのまま床に座らせた。
黒角牛獣人の視点はぼんやりしており、意識はまだ混濁していた。
「命には別状ございません。明日の朝にはすっかり元通りになります」
一瞬にして、場の空気が変わった。
殺意と警戒と、何より強い興味だ。
獣人たちは、招かれた女だと即時に理解した。
獣人たちがどよめく中、その女性は怯えもせず落ち着いた声で高らかに告げた。
「セラフィナ・ゴルトヴェインと申します」
堂々とした声と態度で、軽く微笑みながら会釈した。
「ゴルデンオスト商会・外縁交易統括局第二調整員、つまりは商人です。本日は商談を行うためにこの場にお邪魔しました」
頭上に浮かぶ球体を指さして、
「こちらは、弊社であつかう新商品セラフェクスです。帝国にもまだ同等のものは存在しません。球体一個で、攻撃と防衛能力を有しております。使い勝手はいまお見せした通りです」
にっこり笑う。そして両手を広げて見せた。
すると、その蜂蜜色の金髪の頭上には、二十個ほどの銀色の球体が浮かび上がった。
「隠密性もこの通りです。戦闘時防御であれば丸一日、補給なしで稼働できます。開発には苦労致しました」
銀の球体が、音もなく回転している。
その動きは滑らかで、生き物のようですらあった。
その場にいた獣人たちは、誰も、唸り声一つ上げていなかった。
目の前の攻防で見せつけられたのもあるが、獣の本能が告げているのだ。
あれは危険だ……と。
「……十分でしょうか」
セラフィナが、静かに言った。
同時に、球体が、ゆっくりと消えていく。
「如何でしたか? 価値はご覧の通りです」
柔らかく微笑んではいるが、全てを読み取るがごとくのその眼付は変わらない。
「帝国は強大ですが……」
セラフィナが、わずかに視線を上げる。
すると空中に展開している帝国の補給基地の兵力、防衛に関する兵装や警報の内容、備蓄されている資材や弾薬、食料などの詳細な内容が表示された。
「全てを管理できるわけではありません。情報もこの通り得ることが可能です」
補給網を指して、再びにこやかな笑みを浮かべた。
「こちらの情報も商品ですが、今回に限り対価は頂きません」
帝国の軍服を着ている獣人兵からどよめきが上がった。
「こんなことができるのか……特級の隔絶情報だぞ……」
「戦略が立てやすくなるし、攻撃も容易になる」
ドンっと鈍い音が立ち、神気が辺りを漂い、獣人兵たちに強い圧力をかける。
「うるさい。話を聞け」
その一言で場内は、誰もいないかのような静寂をまた取り戻した。
セラフィナは一息整えて、ちらりとノビリスに会釈した。
「皆様方は個々の戦闘能力が高く、中には戦闘力に抜きんでた方もいらっしゃいます」
セラフィナは心底楽し気に言葉をつづけた。
「だからこそ、成立するのです」
その場にいる獣人たちの顔を一人一人見つめながら。
「帝国相手の影の戦争が」
その言葉に、温度はなかった。
「巨人の手足の血の流れを止めれば、手足はマヒし動けなくなります」
ただの事実の提示。
「我々は、それを支援します」
「資金」
「物資」
「情報」
指を優雅に軽く鳴らした。
「そして——戦力ともなる兵器」
先ほどの球体が、再び一つだけ現れる。
「すべて提供可能です」
何時しか獣人たちの表情は侮蔑や敵意から、打って変わって強い興味に代わっていた。
言葉を発するものは誰もいなかったが、場の空気が熱気に押され揺れる。
「ただし、我々は利益を得るためにここにいます。慈善投資家ではありません」
静かに、はっきりと、強い意志の乗った言葉が響き渡る。
「干渉もしますし、調整もします。場合によっては——」
「弊社の利益を優先させるため、皆様の価値を」
驚きの声ののち、殺気が再び充満し始める
「貴様……」
黒獅子族が、低く唸る。
「それでも、力を借りるとでも思うか」
「ええ」
即答だった。
「後ろ盾がないと帝国相手に戦えませんから」
セラフィナは自ら一歩、殺気を振りまく黒獅子族に近寄った。
「選ぶのは、あなた方です」
ノビリスを見る。
「滅びるか。それとも、利用されて、生き延びるか」
さらに一歩ためらいなく近づく。
殺気に塗れた鼻息がかかる距離まで。
「あるいは——」
楽し気に踵を返すと、わずかに、柔らかくなった声で全員に問いかけた。
「我々を利用し返すか」
ノビリスが、地響きを立てて、一歩前に出た。
大地が、低く鳴る。
「構わない。利用されるのは慣れている」
セラフィナの目が鋭く細くなる。
「だが——」
黄金の瞳が、鋭い視線を更に射抜く。
「使われるだけの獣ではない」
その威圧を受け、セラフィナは、実に嬉しそうに笑った。
「では、取引成立です」
その瞬間、獣と商人は、同じ戦場に立った。
同じ側とは限らない、裏切りの匂いも色濃く漂わせながら。
次回、戦いと策謀が渦巻く帝国とノビリスを描きます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
深く深く感謝します。
しっかりと描いていきますので、またお目に是非かけてください。




