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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき


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第2章 王都陥落Ⅱ ~老エルフの大剣士 オルクス・フルミニス

エルフの凄腕の老剣士オルクス。伝説にすら彩られるその腕の冴えは、居並ぶ魔導機兵を次々と斃していくが…… 英雄と少女の邂逅の章

 火の手が上がり、破壊と死の混乱が渦巻く王都の大通りを、素早い影が走り抜けていた。


 王都の上空を旋回する魔導機兵たちの注意を引きつけるため、建物の陰から飛び出したその影の主は、短く刈り込んだ白髭を蓄え、フードを目深に被った、眼光鋭い老人である。


 飛行型魔導機兵は発見と同時に、上空から一斉に魔導弾を射出した。

 炎を噴き、触れるものすべてを燃やし壊し尽くす弾丸が、乾いた炸裂音とともに辺り一面に火焔と爆発をまき散らす。


 正確な狙いは老人を捉えていたはずだ。だが撃ち抜かれるのは影ばかりで、老人は一向に足を止めることなく、凄まじい速さで駆け抜けていく。


 フード越しに鋭い眼光が見つめているのは、このあたりでひときわ高くそびえる見張り塔だった。


 少し離れたところで、巨大な炎の柱が、老人を追いかけるように爆ぜ上がる。


「派手にやりよる。爺相手に容赦ないのぉ」


 状況の緊迫感とは裏腹に、その思慮深い瞳には一抹の動揺もない。のんびりとした口調で呟くと、背中に負った幅広の大剣の柄を静かに握りしめた。


「アシュラムよ。鋼の敵を切り裂く祝福を、わが手に」


 剣の名を告げるや、老剣士は物陰から飛び出してきた五体の魔導機兵を、一切の隙を与えず切り伏せる。広い刃には流麗な紋様が刻まれ、その一閃ごとに敵は裂かれ、火花を散らして崩れた。


 だが、魔導機兵の地上歩兵たちは次々と建物の陰から現れる。

 老剣士は剣を握り直し、ゆるりと構えを取った。


「戦うは下策なれど、仕方なし――切り開くとしようか」


 大剣が青白い光を帯び、その厳しい横顔に鬼気迫る迫力が浮かぶ。


「刻まれし力名は疾風、勇名は迅雷。アニハバラク!」


 唱えた瞬間、剣が雷鳴とともに閃き、魔導機兵歩兵たちを瞬く間に打ち砕いた。


 上空の飛空魔導機兵がここぞとばかりに、燃え上がる魔導晶石の火炎弾による一斉射撃を開始する。


 老剣士は大剣で弾丸をはじき返し、電光の青い軌跡を描きながら敵の攻撃をすり抜けると、見張り塔の壁を踏み台に高く跳躍した。蒼い雷が壁面を走り、その雷光を踏み台としてさらに踏み込み、一挙に空へと躍り出る。


 そして、上空の魔導機兵に雷の魔石を叩きつける。


「――弾けよ」


 鋭い呪言とともに、巨大な雷が地から天へと逆巻き、飛行魔導機兵を一掃した。

 老剣士は落下の勢いをそのまま活かし、地上部隊の大型魔導機兵を両断する。


 なおも動きを止めることなく、蒼い雷の軌跡を残しながら、展開していた魔導機兵歩兵隊の駆動部――装甲の継ぎ目や関節など、脆弱な箇所だけを寸分違わぬ正確さで斬り裂き、次々と引き倒していく。数はみるみるうちに減っていった。


 息を継ぐ間もなく、青く輝くその大剣を魔導機兵へと投げ放つ。

 剣は風を裂き、大型魔導機兵の頭部を切断した。


 崩れ落ちる機兵を振り返ることもなく、老剣士は背を向けて呟く。


「お主で最後じゃ、魔導機兵」


 蒼い光の軌跡を描きながら、大剣はその手にすんなりと戻ってくる。


 肩で荒い息をしながらも、その動きは淀みない。肩口には真新しい火傷の痕、着衣は所々破れて血がにじんでいた。


 爆風に煽られてフードが外れると、傷だらけで年季の入った顔が現れた。額には黒鋼造りの鉢金が締められ、その中央には黒い宝玉が嵌め込まれている。深く刻まれた皺と白い髭。緑色の澄んだ瞳には思慮深い光が宿り、こめかみからのぞく先の尖った耳が、彼がエルフであることを示していた。


 大きな音を立てて倒れこむ魔導機兵には目もくれず、老人は物陰に置いておいた、光に包まれた籠の中を覗き込む。


「お怪我はありませぬな」


 優しい声で、籠の中の赤ん坊の顔を覗き込んだ。


 赤子は、青地に金色の太陽の王家紋章が刺繍された毛布に包まれ、ぐっすりと眠っている。


「守護の神玉がよう効いとる。ぐっすりお休みになられるは豪胆の証。お強うございますなあ。……お休みのところ恐縮ですが、急ぎますゆえ御免下され」


 エルフの老剣士は赤子の籠を抱え、王都の外へと続く脇道へと走り出した、その時。


 轟音と閃光が空を裂き、目の前の王城を囲む大城壁が、音を立てて崩れ落ちた。瓦礫が舞い上がる中、当然のように、巨大な魔導機兵を先頭に、様々な種類の魔導機兵の大軍が城内から溢れ出し、抵抗する兵たちを薙ぎ払い、瓦礫を跳ね飛ばしながら進軍してくる。


 あまりにも数が多い。


 老エルフはその様子を見て、慌てることもなく、ため息をひとつ漏らした。


「こりゃ、流石に相手できんな。……さてさて、どうしたものか。盟約に従い助けには来たが、約束が果たせぬかもしれませんな」


 腕の中の赤子の顔をちらりと見つめ、困ったように眉をひそめる。


「――早くっ、こっちへ!」


 耳元で若い女性の声がして、振り返る。


 少し離れた排水溝から、魔法使いが鉄格子越しに杖をかざしながら呼びかけていた。


「剣士様、早くっ。今なら、まだ間に合います!」


 声に迷いはなく、魔力の波形も安定している。

 老剣士は一瞬で、その声を信じることに決めた。


「導きの風か……恩に着る」


 エルフの老剣士は迷うことなく傍らへ駆け寄り、魔法使いが曲げた鉄格子の隙間から中へと飛び込む。


 魔法使いはすぐに、曲がっていた鉄格子を杖で元どおり伸ばすと、水路に魔導刻印の施された小さな石を投げ込んだ。石からは淡い光の霧のようなものが広がり、水路一帯を覆い始める。


「魔導機兵用の認識阻害です。長くは持ちません。まずはあちらへ」


 女性の魔法使いはそう告げると、杖の先で進むべき方向を示した。


 老エルフの剣士は黙って頷き、赤子の入った籠を大事に抱えたまま、若い魔法使いの後を追う。


 老剣士は、緑色の瞳――瞳破の力を宿したエルフの目で、若い魔法使いをじっと観察していた。


 蒼く輝く銀髪に、整った顔立ちと白い肌。魔法に優れたルナーシルヴァス地方のアルゲントルム魔法人に特徴的な容貌だ。顔も服もところどころ汚れ、破れてはいるが、その身のこなしはしっかりしている。


 砕けた宝玉の残滓がまだ魔力の名残を放つ魔法の杖。

 左腕には大きさの合わない、王国重騎兵用の防御魔法が刻まれた腕甲。

 胸には、へこみの目立つ魔法鉄の胸当て。


 装備のちぐはぐさからして、通常の魔法使いではない。

 だが、この少女からは何かしらの害意は全く感じられず、魔導機兵が人間に擬装した時に特有の“魂の欠片の欠如”もない。


 むしろ全身に、深い悲しみを覆い隠す色味をまとっていた。


 魔力の揺らぎは小さく、何か企みを秘めた魔導士というより、必死に生き残ろうとしている魔法使い見習い、といった印象である。


「お主は、大丈夫か?」


 先を急ぐには若すぎる魔法使いへ、老剣士は気遣うように声をかけた。


「はい。私は大丈夫です。……剣士様、まずは隠れ家へ急ぎましょう」


 少女は杖の先から光を放ち、暗闇を照らしつつ、排水路の整備路を奥へ奥へと進んでいく。


 進むべき道には、白い光の玉が次々とふわりと浮かび上がり、迷路のような暗闇の排水路の中で、行く手を示していた。


(これは驚いた。エルフリアの古代魔術を使うのか。……すたれたはずの術式をよう知っておる)


 老エルフの剣士が道案内の魔法に感心していると、排水路はやがて滝のように流れ落ちる奈落の縁へと行き着いた。底の見えない落差。

 ここは、排水路から王城へ攻め込まれぬよう造られた「奈落の水路」と呼ばれる場所で、落ちれば無事では済まぬ高さであることを、流れ落ちる水音の間隔が教えている。


 魔法使いの少女は周囲を見渡し、後を追う者がないことを再度確認してから、杖を掲げ、いくつもの光の玉を浮かべた。


「こちらです。私の後に続いてください」


 老エルフの剣士は、青い瞳を持つ魔法使いの少女に頷くと、底の見えない滝の上に、彼女の後を追って踏み出した。


 エルフの目をもってしても、奈落の底は見えない。

 苦笑を浮かべつつ、頼りない足元の光をひとつずつ踏みしめ、対岸へ渡り切ると、大きな石壁が行く手を塞いでいる場所へとたどり着く。


 石壁には、王家の紋章が小さく刻まれた箇所があり、少女がそこを杖で軽く叩くと、石が滑る音とともに入口が口を開いた。中には、かがり火が煌々と焚かれた大広間が広がっている。


 王族専用の地下避難所だ。


 そこには、疲弊し切った人々の姿があった。

 泣く子をあやす侍女、傷を包帯で押さえる兵士。

 その中心で、少女は黙々と灯を増やしていた。


 老エルフ――オルクスは剣を外し、魔法使いの少女から見える位置に置くと、緑色の目で真っ直ぐに彼女を見つめ、静かに口を開く。


「儂はオルクスという。見ての通り、年寄りのエルフじゃ。……お主、名は何という?」


 蒼輝銀髪の魔法使いの少女は、整った顔立ちを伏せるように青い瞳を落とし、かすかに唇を震わせた。


「……オルクス様。私の名前は、ルミナリスと申します。女神さまの神殿で傷つき倒れていたところを助けられた、未熟者です」


 オルクスと名乗った老エルフは、置いた剣にちらりと視線をやりながら、話を続ける。

 悪意や害意があれば、剣が必ず教えてくれる。


「ここにいる皆は、お主が助けたのか?」


「はい。私がここに辿り着いた時、逃げ惑い困っていた方々を見つけて、ご案内しました。外は危険です……魔導機兵は、容赦がありません」


 オルクスは、地下に広がる石造りの神殿のような空間に目を走らせる。


「儂も初めて見る場所じゃが……よくぞ見つけたものじゃな」


 言葉の刃で、わずかに切り付けて、反応を見る。


 ルミナリスと名乗った少女は、下げていた鞄から王国の紋章入りの腕輪を取り出し、両手で恭しく差し出した。


「これをお授けくださった方から、ここを教えていただきました。生きている人たちを一人でも多く助けてほしい、とも申し付かり……何とか皆様をこちらへお連れしておりました。私は戦闘能力は高くありませんし、先ほどの状況では、もうそれも適わないだろうと覚悟していました」


 差し出された腕輪には、マクシュハエル王国侯爵家の紋章が刻まれている。

 内側には、小さく「悩める愉快なルシドゥス」と銘が刻まれていた。


 オルクスは、自ら彫り込んだ銘を指先でなぞり、明るくよく笑うルシドゥスに剣の稽古をつけた日々を思い出す。


(お師匠っ、ずるいっ。ぼく、まだ五歳だよ。こどもをいじめて楽しい?)

(お師匠様、とうとう初陣です。戦場で常に心がけるべきは何でしょうか?)

(お師匠様、務めとはいえ……なぜ死ねと言わねばならないのでしょう?

 ……彼らも、守るべき私の大事な家臣たちなのです。それを――いえ、今のは愚かでした。お忘れください)

(お師匠様、とうとう同じくらいの見た目になりましたな。昔から爺なお師匠様は相も変わらず達者なようだし、いずれ孫にも稽古つけてもらえますかね?)


 いくつもの場面が脳裏をよぎり、オルクスはわずかに感傷に浸ったあと、腕輪をルミナリスへ返した。


「これをつけておった男は、どのような最後だった?」


 ルミナリスは、奥で肩を寄せ合っている侍女二人を指さした。


「あのお方たちを助けるために、自ら魔導機兵を引き付けて走って行かれました。その後のことは……確認できておりません」


 きっぱりとした言葉。その裏に、痛みを知る者の色が淡く滲む。


 オルクスは目を閉じ、義務を果たした男の最期に祈りを捧げた。


「色々と尋ねて済まぬな。それから、危ないところを助けてくれたこと、感謝する。この赤子も、感謝しておるよ」


 籠の中ですやすや眠る赤ん坊の顔を覗き込みながら、オルクスはルミナリスへ静かに礼を告げた。


生き残る—— その為の戦いが続きます。


読んでくれて有難うございます。

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