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小さな焼き菓子短編小説集〜5分で甘く優しい世界〜  作者: 地野千塩


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ダックワーズの思い出

 クリスマスイブ、雪が降っていた。関東風の水っぽい雪だったけれど、一応はホワイトクリスマスなのだろう。


 わたしは年末年始の準備で忙しい。掃除や買い物など、一人暮らしでもやることは多い。夫も亡くなり、子供もとっくに独立しているのに。ホワイトクリスマスなんて楽しむ余裕はなかったが、買い物の帰り、小さなお菓子屋を見つけた。


 新しくできた店らしい。小さな店だ。ガレージでも改装したのだろうか。住宅地に紛れ、店頭のクリスマスツリーと黒板式の立て看板がなければ見逃してしまいそうだ。今まで気づかなかった理由は想像ついたが、なんとなく惹かれる。


 そうか、今日は一応クリスマスイブだったし、何か甘いものでも買って帰ろうか。この歳では一人でクリスマスケーキを食べるのも難しいが、何か小さくて甘いものはないだろうか。


 店に入ると、ふわっと温かい風を感じた。暖房が効いているらしい。


 外観通りの小さな店だったが、生菓子は売っていないようだ。全部焼き菓子。バイキング形式で買えるようで、一個二百円程度でお財布にも優しそう。


 それにフィナシェ、カップケーキ、マカロン、メレンゲクッキー、ジャムサンドクッキー、ディアマン、アイスボックスクッキーなど小さなお菓子類をみているだけでも楽しい。年末の忙しさに余裕をなくしていたが、久々に心がときめく感覚がする。わたしは老人といってもいい歳なのに、子供みたいにワクワクしながら焼き菓子を選んでしまう。


「あ、ダックワーズもあるわ……」


 ふと、ダックワーズに目がつく。俵形のさくっとしたお菓子。儚い食感と共に、亡くなった夫のことも思い出す。


 夫もこのお菓子、好きだった。結婚当初は、特に貧乏だったし、クリスマスはこんな小さな焼き菓子で祝った記憶もある。


 記憶の中の夫はいつも笑顔だ。確かに苦い思い出もあるはずなのに、なぜか今はもう楽しかった記憶だけが残ってる。


「お客様、ダックワーズがお気に入りですか?」


 そこに店員が話しかけてきた。若い男性の店員で、サンタの帽子をかぶっていた。コックコートも着ているからこの店の職人だろうか。若いのに目つきは真っ直ぐで、確かに職人らしい顔つきだ。


「ええ。亡くなった夫も好きだったお菓子で」

「そうですか。思い出ですね」

「そうかなぁ。まあ、このダックワーズも買うわ」


 結局、小さな焼き菓子を二千円以上買ってしまったが、まあ、いいか。今日ぐらいは夫との思い出を感じながら、ゆっくり過ごしてもいいかもしれない。


 店から出ると、まだ雪が降っていた。相変わらず水っぽい雪だが、腕の中には甘いものがある。ダックワースだってあるんだ。


 その儚い味を思い出すと、帰り道は案外寒く感じない。

 

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