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第5話 放課後、花壇の檸檬

 放課後の中庭は、静かなようで、いつもどこかざわついている。

 私は購買で買ったパックのミルクティーをストローで突きながら、ベンチの陰から中庭を見ていた。


 革命部――トロツキーナ先輩とモウ・タオは、中庭の中央でヨシ子・スターリン先輩を含む秩序委員会と言い争っている。


 周囲には既に取り巻きがいて、誰も彼も楽しげ。

 双方が討論用のバトンを手に、互いの顔色をうかがいながら、ぎりぎりまで距離を詰めていく。


「委員会の命令です。この先の通路は、秩序維持のため立ち入り禁止です」


 ヨシ子先輩が冷たく告げると、トロツキーナ先輩はバイクのヘルメットを脱ぎ捨てて、怒りで眉を吊り上げる。


「革命に禁止はねぇ! ルールを作るやつが一番ルールに縛られてるんだよ!!」


「規律がなければ、革命も秩序も瓦解します」


 スターリン先輩の言葉は硬質な氷みたいに響いた。

 その後ろで、アンジュ・エンゲルス先輩がスマホで両者の勢力値を計算しているのが見える。


 花壇の脇、イシハラ・ガンジさんが無言で手入れをしている。

 彼はどこかこの空間のすべてを軍略に変換して観察しているような目で、だが、手は淡々と土をならし、咲きかけたパンジーを植えていた。


 その横を、梶井便のお兄さんが、重そうなダンボールを引きずりながら通りかかる。

 イシハラさんに小さく会釈し、パンジーの隣に、無造作に檸檬をひとつ、そっと置く。

(イシハラさんはチラリとも見ない)


 私は思わず、口元を押さえてしまった。


 何かが始まりそうな予感。

 いや、たぶんこの学校では「何も起きない日」こそが珍しいんだ。


 その瞬間、トロツキーナ先輩がバイクのキーをひねると、轟音とともに討論バトンを高く掲げて叫んだ。


「今日のテーマは、革命と秩序、どっちが人を幸せにするかだッ!!」


 スターリン先輩もベースを構えて応じる。


「異論がある者は、討論の場に出なさい。規律ある反論だけを受け入れます」


 取り巻きがカードを掲げる。


『討論参加』『傍聴』『粛清希望』


 私はそっと傍観カードを胸ポケットに忍ばせた。


 トロツキーナ先輩のバイクが地面を滑るように進み、花壇の縁で急停車。

 その振動で、檸檬がコロコロと転がって、花壇の隅に収まる。


「革命は動きだ。止まった時点で死だ!」


「秩序は安定。秩序なき混乱こそ、共同体の崩壊です」


  討論用バズーカの発動条件を確認しながら、私は内心で思う。

(こんなに真剣に正しさを叫ぶみんなの姿が、少しだけ羨ましい)


 この学校に来てからというもの、私は何が正しいのかさっぱり分からなくなってしまった。


 パンジーの花弁に、夕陽が差し込む。

 イシハラさんは一切の騒ぎに耳を貸さず、黙々と土を均している。

 梶井便のお兄さんは、何もなかったように、遠くへ消えていった。


 檸檬だけが、ここに居残った。


 討論は加熱し、トロツキーナ先輩が叫ぶ。


「お前ら! どっちも正しいって言うなよ! オレは自分の爆発でしか納得できねぇ!!」


 スターリン先輩は、カードでバンッと校舎の壁を叩く。


「規律なき革命は粛清する。それがわたしの正義」


 私は自分のバズーカを見下ろした。

 今なら、使えるかもしれない。でもーー

(……本当に討論って、誰かを幸せにできるのかな)


 ふとポケットの中で、椎の実がかすかに震える。


「矛盾する正しさは、対立を生む。ですが、不在の檸檬は、ただ香りを残します」


 誰かの正義がぶつかるたび、花壇の檸檬だけが、淡く、ささやかな香りを放っていた。

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