第2話 考える、ゆえに椎の実
ライブが終わったあとの体育館は、何もかも使い切ったみたいに静かだった。
照明が消えて、スポットライトの余熱だけがステージをぼんやりと照らしている。
観客たちは「賛成」「反対」それぞれのカードを胸ポケットにしまい、三々五々、出口に向かって歩き出していく。その顔に「革命の手応え」があるのかどうか、正直、私にはわからなかった。
私は一人、客席の一番後ろで立ち尽くす。
床には、議論の熱が冷めたあとの空気だけが残っている。
「……こうして、何かが変わったような気になるんだよね。皆」
独り言は、会場の広さに吸い込まれていく。
何か大きなことが起こったようで、実際は何も変わっていない。
私の頭の中だけ、さっきからうるさいくらい色んな「理論」が反響していた。
ステージ上では、マリィ先輩が満足そうに手を振り、トロツキーナ先輩がバイクを片付けながら「粛清判定は割と良心的だったな!」とどこか得意げに叫んでいる。
アンジュ先輩は一人、スマホで何やら数字を打ち込み、経済効果を計算している。
「……皆が何かを信じて動く。それはすごいことなのかもしれないけど」
私は、一度自分の手元の中央統一討論バズーカを見下ろした。
入学の時に渡されたけど ……未だに使いどころがわからない。
その時だった。
カラン、と足元で小さな音がした。
椅子の下から、小さな茶色の実が転がり出てきた。
拾い上げると、妙に艶のある椎の実だ。
……妙に懐かしさを感じる。
次の瞬間、頭の中に声が響いた。
「不破さん。あなたは今日、何を考えていましたか?」
びくっとして、周囲を見回す。でも誰もいない。
この声は……この椎の実からだ。
「……なんでドングリが喋るの」
「ーー私は思想精霊椎の実。ただ、考えることで存在する者」
「意味が分からない……」
なんだろう、この学校はドングリまでおかしいのだろうか。それとも、私がおかしいのだろうか。
「あなたの思考は、他者の感情との接続を拒否しています。
論理的整合性は高いですが、共感変数が著しく低下しています」
謎の物体の台詞。それは、意味不明ながらも、なぜか私は呟かずにはいられなかった。
「……人の心って、論理で分解できるものじゃないんだよ」
椎の実は、かすかに震えたように見えた。
「それでも、考えることは無意味ではありません。
思考がなければ、感情もやがて、誰かの言葉に支配されます」
私はしばらく黙って椎の実を見つめる。
みんな、さっきのライブで何を感じたんだろう。
「……私は、ここにいていいのかな」
椎の実が答える。
「あなたがここで考え続ける限り、答えは消えません。
考える、ゆえに椎の実」
私は、ほんの少しだけ笑った。
この学園に来て、初めての、心からの微笑みだった。