第1話 そう、それは理念
「──全人類に捧ぐ、今夜のテーマは『余剰価値と恋愛感情の共通項』ッ!」
ドラムが炸裂し、レオ子・トロツキーナ先輩がバイクに跨り客席の隙間を駆け抜ける。
炎上系ライブのセンターで、マリィ・クス先輩が叫んだ。
「資本に恋してんじゃねぇぞーッ!!!」
客席が一斉に『立場表明カード』を掲げる。
『賛成』:43%
『反対』:21%
『よくわかんないけど面白い』:36%
静かな観客席の最奥で、私はつぶやいた。
「……こんなもので、思想が動くと思ってるの?」
私は不破テツミ、中等部。
理論を抱えて転校してきたばかり。
「──『恋愛感情は非対称性だ』って、それメンヘラの主観だろ」
「え? でも搾取って要するにLINEの既読スルーってことじゃね?」
「いや逆だ、返信が速すぎる女は労働力の過剰供給でしょ」
隣に立つ男子生徒たちはとても楽しげ。
これが、第一インターナショナル学園の日常だ。
……正直、この学園に来たことをちょっと後悔している。
マリィ・クス先輩はマイクを両手で握り、キメ顔で続ける。
「いいか! 推し活は自己実現だが、推し搾取は自己疎外だ!!」
「賛成!」
「推し搾取って推しと推されの力関係じゃね?」
「反対!アイドルは等価交換!」
隣の生徒たちの叫びは声援なのか自己主張なのか。
もしかしたら、ただのつなぎなのかもしれない。
……さっきまで静かだったヨシ子・スターリン先輩が、ベースの音を低く響かせる。
「規律なき恋愛は、資本主義の隷属に他ならない!」
観客席、再度カード集計。
『賛成』:12%
『反対』:18%
『粛清判定を希望』:70%
私はまた、そっとつぶやく。
「……この学校、大丈夫かな」
「恋ってなァ……無意識の資本流動だろうが!! 思い出してみろ、あいつにハマった理由を!! ステータスだろ! 価値幻想だろ!!」
アンジュ・エンゲルス先輩のギターソロ。フレット上に搾取曲線がネオンで光る。
客席の経済学徒たちが「エンゲルス曲線だ!」とどよめき、誰かが「それは家計のやつ!」と叫ぶ。
会場後方、トロツキーナ先輩がバイクの上でマイクを握る。
「恋愛とは! 価値形態の流転であるッ! 立場の革命を恐れるなァッ!!」
スクリーンには資本主義的失恋フローチャートが映し出され、ピンクの矢印で「未読スルー→疎外→搾取→失恋→再生産」と高速ループ。
私は静かに吐息を漏らした。
「……このライブ、定常状態で破綻してる」