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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第四章 封縁乙女・北浜星蘭

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外伝 同類は、気付く

 放課後の中等部校舎は、昼間の喧騒が嘘のように穏やかだった。


 窓から差し込む西日が廊下を橙色に染め、磨かれた床がやわらかく光を返している。渡り廊下には部活へ向かう生徒の足音が時折響き、風に揺れるカーテンがさらりと鳴った。


 そんな中を、並んで歩く二人の少女。中峰陽子と七瀬麻衣だ。


「……ねえ、陽子」

 前を向いたまま、麻衣が低く声を落とす。


「うん?」

 陽子は、何の警戒もなく首を傾げた。


「気付いてないよね?」

「何が?」


 その無防備さに、麻衣は小さく息を吐く。

 ――ほら。

柱の影が、わずかに揺れ、黒い布地が一瞬だけ覗き、すぐに引っ込む。


「……あー」

 麻衣は遠い目をした。

(あれは完全に張ってる人の動きだ)

 尾行慣れした者特有の、間合いの取り方。姿を見せすぎず、離れすぎない。絶妙に不自然。


***


 数メートル離れた柱の陰。神薙美海は、息を潜めていた。

 黒いゴシックロリータのフリルが、夕日の中で沈む影のように溶け込む。


「……異常なし」

 誰に聞かせるでもなく、低く呟く。

 視線の先には、笑いながら歩く陽子の姿。


 ――先日の事件。


 影の部屋。怪異。封じられた空間。

 そして、クラリスとの衝突。

 終わったはずなのに、美海の中ではまだ終わっていない。


「でも油断はできない」

 拳を握る。

「ワタシが見ていれば、二度と何も起きない」


 その真剣さは本物だった。

 ただし姿勢は完全に不審者である。


***


「陽子」

「うん?」

「今ね」

 麻衣は前を向いたまま、何気ない調子で言った。

「美海お姉様、三本目の柱の後ろ」

「え?」


 陽子が素直に振り向く。

 そこには誰もいない。

 だが、植え込みの影がわずかに揺れ、黒いフリルが一瞬だけ消えた。


「……」

「……」

「…………」

「ええええ!?」


 陽子の悲鳴が、静かな廊下に響いた。


***


「な、なんで!?」

 慌てて辺りを見回す陽子。

「気付いてなかったの?」

 麻衣は半眼で答える。

「三日前からだよ?」

「三日!?」

「うん」

 さらり。

「完璧に尾行の距離感」

「び、尾行って言わないで!」


***


 植え込みの影。

「……バレたかしら」

 美海は小さく呟いた。

 表情は冷静を装っているが、耳がほんのり赤い。


(気付かれないように距離を保っていたのに)


 その横から、ひょいと顔が現れる。

「美海お姉様」

「!?」


 いつの間にか麻衣が立っていた。


「……何かしら」

 平静を取り戻した声。

「その動き、分かります」

「?」

「私も昔、クラリス部長でやりましたから」

 胸を張る。

 美海、無言。

「物陰から見守るの、楽しいですよね」

「楽しくないわよ!?」

 即答だった。

「これは安全確認よ」

「はいはい」

 にやにやと笑う麻衣。


***


「お姉様」

 追いついた陽子が、不安そうに見上げる。

「心配してくれてるのは嬉しいけど……」

 夕日を受けて、その表情が柔らかく揺れる。

「ちゃんと一緒に歩いてくれた方が安心します」


 沈黙。


 美海の瞳が、わずかに揺れた。


「……それは」

「お姉様、柱の影から半身出てる方が危ないです」


 麻衣、容赦なし。


「……」


 完全に正論だった。


***


「分かったわ」

 小さなため息。

「今日は一緒に帰る」

「やった」


 陽子が無邪気に笑う。

 その笑顔に、美海は一瞬だけ視線を逸らした。


「ただし」

「はい?」

「距離は一定」

「何の!?」


***


 三人で歩き出す帰り道。

 西日が校庭を長く染め、風が制服の裾を揺らす。

 だが。

 麻衣は横目で確認した。


(近い)


 陽子と美海の距離、ほぼゼロ。


「一定とはいったい……」

「……これが一定よ」

 真顔だった。


***


 そのとき、突風が吹いた。

 美海のスカートがふわりと揺れる。

 たなびく黒いスカートの奥に除く、目に眩しい純白のパンツ。

 そして。小さな刺繍。


 ――黒薔薇。


「……あ」


 麻衣の目が止まる。


「…………」


 ゆっくりと視線を上げる。


「美海お姉様」

「何かしら」


 麻衣は、にこりと。

 それはそれは屈託のない、素敵な笑顔で呟いた。


「黒薔薇、素敵です」


 空気が止まった。

 陽子が一瞬で真っ赤になる。


「ま、麻衣!?」

 美海の頬が、かすかに染まる。


「……忘れなさい」

「無理です」

「ふーん。<詞縁・記憶曖昧ノ句>」

「待って! 待って!! 言いませんから!! あと何ですかその適当な術!」

 麻衣、即座に土下座。

「クラリス部長にも言いません!」

「当たり前よ!!」


 陽子は、さらに赤くなる。

 やがて。

「……陽子」

「は、はい?」

「この子」

「はい」

「口は軽いけど、悪意はないわね」

 麻衣、地味に傷つく。

「……なら」

 術が解ける。

「今回だけよ」

「ありがとうございます美海お姉様!」


***


 再び歩き出す三人。


「でも陽子」

 麻衣が小声で囁く。

「やっぱりあれ、ストーカー」

「違う!!」


 そのやり取りを聞きながら。

 美海は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


(見守るのも、悪くない)

 ただし次からは――

 もう少し目立たない方法を考えよう。


 たぶん無理だけど。



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