外伝 神の名を借りる者、言葉を支配する者
久遠女学園・旧礼拝堂跡。
今では使われていないその場所で、
桐嶋クラリス・聖蘭は、のんびりと紅茶を飲んでいた。
「はぁ……今回も無事に終わってよかったですねぇ」
事件は収束。
怪異は消滅。
学園は平和。
――表向きは。
「……その顔」
背後から、冷えきった声が落ちた。
「絶対ろくなこと考えてないでしょ? クラリス部長」
「おや」
クラリスは振り返る。
そこに立っていたのは、
黒いゴシックロリータに身を包んだ少女。
神薙美海。
目が、完全に据わっている。
「ワタシの陽子が」
美海は、にっこり笑った。
「巻き込まれたんだけど?」
「あ、あはは……」
クラリス、目を逸らす。
「偶然って、怖いですよねぇ」
「偶然?」
空気が、きしんだ。
「偶然で済むと思っているなら」
美海は一歩、踏み出す。
「あんたの力――神縁の秘密、今日ここで全部吐いてもらうわよ」
***
「――まあまあ、落ち着いてください」
クラリスは立ち上がり、軽く肩をすくめる。
「確かに、少しばかり複雑にしましたけど」
「少し?」
「ほんの、ほんの、スパイス程度です」
その瞬間。
言葉が、刃になった。
「<詞縁・静謐命令ノ宣>」
――黙れ。
空間そのものが、その意味を帯びる。
だが。
「それは無駄かなぁ?」
クラリスの足元に、淡い光が走った。
「<神縁・名持ツモノノ加護>」
圧が、霧散する。
「……へぇ」
美海は、少しだけ興味深そうに目を細めた。
「それが、あなたの神縁?」
「はい」
クラリスは胸に手を当てる。
「勘違いされがちですけどね」
***
クラリスの神縁は、信仰ではない。
本物の神と契約しているわけでもない。
「神って、名前を与えられた瞬間に成立するんです」
人々に語られ、
役割を与えられ、
象徴として扱われた存在。
「概念が神格化されたもの」
英雄。
伝承。
土地神。
怪異。
「私が縁を結ぶのは、そういう名を持つ存在よ」
つまり。
「物語の中の神」
***
「……なるほどね」
美海は、鼻で笑った。
「だから、厄介」
「<詞縁・意味断絶ノ句>」
今度は、言葉の意味そのものを切り落とす。
「名前を奪う」
神格化された存在は、
名がなければ成立しない。
だが。
「それ、効かないんですよねぇ」
クラリスは楽しそうに笑う。
「だって、私が縁を結んでいるのは」
――一つじゃない。
「<神縁・多重名保持>」
世界が、ざわめいた。
無数の役割と物語が、クラリスの背後に重なる。
「あなたの言霊は、言葉を支配する」
「でも私の神縁は」
満面の笑顔で、クラリスは指を鳴らす。
「解釈を増やす、ってね」
***
「……」
美海、沈黙。
次の瞬間。
「<詞縁・万象再定義ノ律>」
暴力的なまでの言葉。
「全部まとめて、ワタシが決める」
意味も、解釈も、物語も。
だが。
クラリスは、一歩も引かなかった。
「それが、あなたの強さ」
そして。
「それが、あなたの弱点」
***
バチン、と空気が弾ける。
衝撃波。
礼拝堂の壁が、軋む。
だが――次の瞬間。
「はい、ここまで」
クラリスが、ぱん、と手を叩いた。
「これ以上やると、学園が壊れます」
「……チッ」
美海は舌打ちし、術を解いた。
***
「忠告しておくわよ、美海」
クラリスは紅茶を飲み直す。
「今回の件」
「本当に危険だったのは、縁じゃない」
視線が、鋭くなる。
「人が、独りで抱え込むことです」
「……言われなくても分かってるわよ」
美海は背を向ける。
「だから」
低く、呟いた。
「二度と、陽子に手を出させない」
***
去り際。
「でも、楽しかったでしょう?」
クラリスが言う。
「異能バトル」
美海は振り返らずに言い捨てた。
「次は、ワタシが勝つ」
その背中を見送りながら、クラリスは微笑む。
「ええ」
「その時は、もっと派手にやりましょう」
――神と、言葉と、物語の続きを。




