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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第四章 封縁乙女・北浜星蘭

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エピローグ・第二節   ――朱音、日常のすぐ隣で

 放課後の教室は、まだ少し騒がしかった。


 高等部一年。

 窓際、二列目。


 朱音は、椅子に座ったまま、ぼんやりと外を見ていた。


「……朱音?」


 すぐ隣から声がする。


 北浜星蘭だった。


「なに、ぼーっとしてるんですか」


「んー……」


 少し考えてから、朱音は曖昧に笑った。


「なんかさ。終わったなーって」


「それだけ?」


「そ。それだけ」


 星蘭は、疑わしそうな目を向ける。


「嘘ですね」


「ひどいな」


「長い付き合いですから」


***


 あの事件のあと。


 朱音は、何も失っていない。


 少なくとも、表向きは。


 日常は続き、授業は進み、テスト範囲は容赦なく広がる。

 聖蘭は相変わらず忙しそうで、葵は少し静かになった。


 けれど――


 夜、夢を見ることがなくなった。


 あの声も。

 あの「約束」も。


 思い出そうとすれば、思い出せる。

 だが、それ以上、踏み込めない。


「……まあ、いいか」


 朱音は、小さく息を吐いた。


***


「ねえ、朱音」


 星蘭が、唐突に距離を詰めてくる。


「……近いんだけど」


「今さらでしょう」


 肘が触れるほどの距離。

 視線が合う。


「怖くなかったんですか」


「なにが?」


「……あれ」


 言葉を選ぶ様子もなく、星蘭は続けた。


「向こうに行きかけたこと」


 朱音は、一瞬だけ視線を逸らす。


「怖かったよ」


 即答だった。


「正直、めちゃくちゃ」


 それから、星蘭を見る。


「でもさ」


 少しだけ、柔らかい声で。


「星蘭が引っ張り戻してくれたでしょ」


「……結果的に、です」


「それでいい」


 朱音は、肩をすくめた。


「親友なんだから」


***


 その言葉に、星蘭は何も返さなかった。


 ただ、少しだけ目を伏せる。


「……朱音は」


「ん?」


「私のこと、信じすぎです」


「今さら?」


 朱音は笑った。


「信じてるっていうか……知ってるだけ」


「知ってる?」


「そう」


 机に頬杖をつきながら。


「星蘭が、絶対に見捨てないってこと」


 星蘭は、観念したように息を吐いた。


「……やりづらいですね」


「褒め言葉よ?」


***


 廊下の向こうで、葵の姿が見えた。


 教室を覗き、二人の姿を確認して、軽く手を振る。


「あ」


 朱音が立ち上がる。


「葵」


「……元気そうだね」


 葵は、少し距離を保ったまま言った。


「うん。……そっちも」


 会話は短い。


 それでいい、と朱音は思っている。


 踏み込めば、また何かが揺れる気がした。

 だから、いまはこの距離がちょうどいい。


「……あのさ」


 朱音が言う。


「ありがとう」


 理由は言わない。

 葵も、聞かない。


「……どういたしまして」


 それだけで、十分だった。


***


 放課後の教室。


 星蘭が鞄を持ち上げながら言う。


「帰りますよ、朱音」


「はーい」


 並んで歩く。


 変わらない距離。

 変わらない速度。


 でも、確かに。


 朱音はもう、どこかに連れていかれることはない。


 選ぶのは、自分だ。


 日常は脆く、縁は絡まりやすい。

 それでも。


 この場所で生きることを、朱音は選び続けていた。



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