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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第四章 封縁乙女・北浜星蘭

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エピローグ・第一節  ――千里子、静かな場所で

 長澤千里子は、自分がなぜあの扉に手を伸ばしてしまったのかを、ようやく言葉にできるようになっていた。


 それは、怖かったからでも、誰かに命じられたからでもない。


 ――呼ばれた。


 それが、いちばん近い。


***


 幼いころから、千里子には「見えすぎる」ものがあった。


 人の感情の澱。

 場所に染みついた後悔。

 声にならない声。


 封縁乙女と呼ばれる彼女たちの力と比べても、質が違う――

 そう言われたことが、一度だけある。


 だが、それは褒め言葉ではなかった。


「……また、聞こえてるの?」


 そう問われるたびに、千里子は首を振った。


 本当は、聞こえている。

 見えている。

 感じている。


 けれど、それを口にすれば、距離が生まれることを、彼女は知っていた。


 人と違うということ。

 それは、特別である以前に、孤独だった。


***


 影の扉は、静かだった。


 恐怖も、痛みもない。

 ただ、すべての“雑音”が消えていた。


「……ここ、は……」


 誰の声も聞こえない。

 誰の感情も流れ込んでこない。


 隔絶された空間は、千里子にとって――

 初めての「休息」だった。


 誰にも合わせなくていい。

 誰の期待にも応えなくていい。


 そこに潜む異質さや狂気に、気づかなかったわけではない。

 けれど、それでも。


「……少しだけ、ここにいたい」


 そう思ってしまったことは、紛れもない真実だった。


***


 救い出されたあと、千里子はしばらく保健室で過ごした。


 眠っているあいだ、夢は見なかった。

 それが、何よりの証だった。


 放課後。

 廊下で声をかけられたのは、意外な相手だった。


「……長澤さん、だよね」


「中峰……さん?」


 隣のクラスの中峰陽子。

 有名人だ。良くも悪くも。


「体調、大丈夫?」


「うん。もう平気だよ」


 形式的なやりとりで終わると思っていた。

 だが、陽子は立ち去らなかった。


「あのさ」


 少し言い淀んでから、続ける。


「見える、でしょ」


 千里子は、息を止めた。


「……どうして」


「分かるよ」


 陽子は、柔らかな笑みを浮かべた。


「私も、そうだから」


***


 二人は、すぐに親友になったわけではない。


 距離は慎重で、会話も少ない。

 けれど、沈黙が苦ではなかった。


 見えるものの話。

 聞こえてしまう声の話。

 誰にも言えなかった、胸の内。


 それを共有できる相手がいることが、千里子には新鮮だった。


「……陽子は、怖くないの?」


「怖いよ」


 即答だった。


「でも、独りよりはマシ」


 その言葉に、千里子は小さく笑った。


***


 その様子を、少し離れた場所から見ている人物がいる。ゴスロリの衣装に身を包んだその人物は、校舎の角に身を隠しそっと覗いている。もちろん詞縁を使い人払いをしている。目立ちすぎなのは自分が一番よく分かっているのだ。


「……ふぅん?」


 美海だった。


 腕を組み、表情はいつも通り。

 だが、視線は鋭い。


「陽子が、あんな顔するなんて」


 嫉妬――と呼ぶには、少し幼い。

 けれど確かに、胸の奥がざわつく。


「ま、いいか」


 美海は小さく笑った。


「奪う気はないみたいだし」


 それに、と。


「守るって決めた子が増えるのは……悪くない」


***


 千里子はまだ、自分の力をどう扱えばいいのか分からない。


 けれど。


 独りで抱え込まなくてもいい、ということを知った。


 あの扉の向こうで得た安らぎは、確かに真実だった。

 だが――


 今は、こちら側で息をしていたいと思える。


 縁は、切れなかった。

 けれど、結び直すことはできる。


 千里子は、ゆっくりと歩き出していた。



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