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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第四章 封縁乙女・北浜星蘭

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最終話  影の向こうで眠るもの ――二人の選択――

 影は、静かだった。


 学園旧棟の最奥。

 使われていないはずの廊下の突き当たりで、光を失った床に、歪な闇が落ちている。


 それは、扉の形をしていた。


 北浜星蘭は、そこに立っていた。


「……ここ、ですね」


 自分に言い聞かせるように、低く呟く。


 背後に誰もいないことを、あらためて確認する必要はなかった。

 条件は明確だった。


 ――独りで来い。


 誰の力も借りずに。


 それでも。


「朱音……」


 その名を口にした瞬間、影が、わずかに揺れた。


***


 一方。


 同じ時間。

 別の場所で、佐々木葵もまた、影の前に立っていた。


 病院の窓から見えた、夕暮れの校舎。

 その端に落ちた、不自然な影。


 ――見覚えがある。


「……愛子」


 あの一瞬。

 確かに、視線が合った。


 縁は、切れていない。


 だから。


「……行くよ」


 独りで。


***


 最初に異変を感じたのは、美海だった。


 学園中庭。

 黒い日傘の下。


 神薙美海は、歩みを止めた。


「……あ?」


 胸の奥が、ざわつく。


 嫌な感覚だった。

 いや――知っている感覚だ。


 自分の大切なものに、他者の「言葉」が絡みついたときの。


「……陽子?」


 名を呼んだ瞬間。


 空気が、歪んだ。


***


 中等部校舎、空き教室。


 中峰陽子は、そこに立っていた。


 虚ろな瞳。

 唇が、微かに動く。


「……美海……先輩……」


 声は、震えている。


「行かなきゃ……呼ばれてるの……」


 その背後で、影が、別の形を取ろうとしていた。


 陽子の唇が動き、言葉が、縁を編む。


 ――<詞縁・言ノ調律>。


 未熟な術式。

 だが、感情が混ざりすぎている。


「……っ」


 美海の瞳が、凍りついた。


「――誰が、陽子を利用した」


 低い声。


 次の瞬間。


 日傘が、地面に落ちた。


***


 影の空間。


 星蘭は、足を踏み入れた瞬間に理解した。


 ――違う。


 以前、葵と入った“存在しない部室”とは、明らかに構造が違う。


 ここは、もっと奥だ。


「……あなたですね」


 誰もいないはずの闇に、声を投げる。


「メッセージを送ったのは」


 返事はない。


 だが。


 空間の奥から、視線を感じた。


 古い。

 人の形をしているが、もう人ではない。


「答えを示せ」


 少女の声だった。


 乾ききった、壊れかけの。


「この怪異の、真実を」


 星蘭は、息を吐く。


「……あなたは、救われたいんじゃない」


 一歩、踏み出す。


「あなたは――」


 言葉が、遮られた。


「違う!!」


 空間が、軋む。


「私は……私は、約束されたはずだった……!」


 百年前。


 退魔師だった少女。


 縁に縋り、縁に裏切られ、

 それでも縁を断てなかった存在。


「……朱音を、利用したのも」


 星蘭は、痛みを堪えながら続ける。


「葵に、愛子の視力を取り戻せると提示したのも」


 視線を、まっすぐ向ける。


「全部、自分の代わりが欲しかったからですよね?」


 沈黙。


「自分が、ここから出るために」


 影が、震えた。


 次の瞬間。


 拒絶。


 星蘭の足元が、崩れた。


***


 同時刻。


 別の“奥”で、葵もまた、同じ存在を前にしていた。


「……あなたは」


 まだ弓を持たない手で、前に立つ。


「縁を、ほどく力を持っている」

 

 空間が、ざわつく。


「だから、私の前で愛子の視力を取り戻して、希望を見せた」


 一歩。


「でも、それは治す力じゃない」


 さらに一歩。


「――入れ替える力だ」


 沈黙。


「誰かの縁を救う代わりに」


 葵は、唇を噛んだ。


「誰かを、ここに縛る」


 顔を上げる。


「……それを、私は選ばない」


 空間が、反転した。


 拒絶。


***


 白い。


 壁も、床も、天井もない。

 ただ光だけが満ちた、なにもない部屋。


 そこに、二人は立っていた。


「……葵?」


 数歩先。


「……聖蘭?」


 互いを見て、理解する。


 ――二人とも、弾き出された。


「入れなかった、ですか?」


「……うん。「答えを示せ」って」


 その瞬間。


 禍々しい気配とともに空間が軋み、虚空を裂いて、現れる影。


 黒い詞が、その体の周りをまるで結界の様に取り囲む。


 ――神薙美海だった。


 その腕の中に、ぐったりとした中峰陽子を抱え。


「――誰が」


「誰が? 決まっている。そこの存在しないという場所の奥でふるえている百年前の巫女の慣れの果てよ」


 低く。美海が絞り出すように声を出す。美海の口から出た言葉はまるで呪詛のように周囲を漂う。


「ああ。よりによってその子に手を出したのですか。 葵、愛子さんを救いたいなら、手加減なしですよ!」


「分かってる! というか手加減なんか出来ない!」 


 二人は言葉を交わすなりその場から飛びのいた。


「――私の陽子に、触った? ふざけるな!」


 <詞縁・万象断句ノ律!>


 世界が、壊れ始める。


「<世界よ壊れろ>!」


「葵、下がって! <風縁・無音遮断ノ陣>!」


 美海の言葉が、聖蘭の風に削がれる。 


 だが。


「無駄ね。言葉は、風より速いのよ」


 <詞縁・因果命令ノ宣>


 だが聖蘭の風が稼いだ一瞬の間を葵は見逃さなかった。流れるような所作で、すっと左手を前に伸ばし、右手を肩口まで引く。


(想いを、形にして放つ。私の縁力えんりょくは──想縁そうえん


「《想縁そうえん蒼穹そうきゅう想弓そうきゅう》──」


 それは言霊を射抜く、光。 


 言霊と、風と、想いの戦い。


 そして。


 <<封縁・双ノ連結>>


 聖蘭と葵、二人の縁が重なる。


 美海が、膝をついた。


「……はは」


 笑う。


「成長したじゃない?」


 そこには先ほどまでの鬼気をまとった美海はもういなかった。


***


 「<詞縁・門ノ編纂>。隠されたものをあるべき姿に戻せ」


 美海の力によって、最後の扉が開かれる。


 「ワタシが力を貸すのはここまで。あとはあなたたちが始末をつけなさい」


 現れた時と同じく、小さく美海が呟くと、目の前の空間に断裂が現れ美海は去っていった。本当に自由な人だなと、二人は苦笑交じりに見送る。 


「さて、いきますよ葵。ここからは二人だけです」

「そうだね。まだ何も終わってない」


 暗闇の中を歩いていくと、やがて淡い光に包まれた空間に出た。その中心部に、百年前の少女が、たたずんでいた。


「……答えを……」


 星蘭が、告げる。


「あなたは、もう救われなくていい」


 葵が、続ける。


「でも、縁は、ここで終わらせる」


 それは、断罪ではなく、別れだった。


 少女は、泣いた。


 初めて。


***


 影は、消えた。


 縁は、断たれ。


 縁は、結ばれ直された。


 孤独に百年の時を過ごした少女は救われた。


 これは。


 終わりであり。


 始まりだった。








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