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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第四章 封縁乙女・北浜星蘭

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第3話 存在しない部室は、踊りだす

 ――面倒なことになったわね。

 桐嶋・クラリス・聖蘭は、学園本館三階、K.G.S.の部室で紅茶を口に運びながら、内心でため息をついていた。

 窓の外では、午後の陽射しに照らされて中庭がきらきらと輝いている。平和そのものの光景だ。少なくとも、表向きは。

「……で?」

 カップをソーサーに戻し、向かいの少女を見る。

「それで? 今度は『存在しない部室』?」

 

 部室の中央で、腕を組んで立っているのは佐々木葵だった。中等部時代から見慣れた、少しだけ硬い表情。

「はい。昨日、星蘭と一緒に確認しました」

「確認した、って……」

「確かにありました。地図にも記録にも存在しない教室が」

 

 クラリスは目を細める。

「……ふぅん」

  その反応に、隣で書類を整理していた玲子が苦笑した。

「その顔、絶対ろくなこと考えてないでしょ? クラリス」

「失礼ね、玲子。わたくしはいつだって学園の平和を――」

「その結果がいつも騒動なんでしょ」

 ぴしゃり、と切られる。

 クラリスは肩をすくめた。

「でもね? 葵。あなたと星蘭が人の気配を感じたって話、そこが一番重要じゃない?」

「……ええ」

「存在しない部室、って噂は前からある。でも今回は誰かがいた。それに、部室じゃなくて教室だった」

 

 クラリスは立ち上がり、ホワイトボードにさらさらと書き込んでいく。

 ・存在しない部室

 ・だが今回は教室

 ・人の気配あり

 ・残留思念のみ

 

「つまり――」

 振り返り、楽しそうに微笑んだ。

「これは新種。学園七不思議のアップデート案件よ」

「……言い方が軽いです」

 葵がじっと睨む。

「軽くしないとやってられないでしょ? こういうのは」

 

 そして。

 クラリスは、その軽さのまま――

 うっかりやらかした。

 

「じゃあ、K.G.S.として正式に調査告知を出しましょうか」

「告知?」

「ええ。『存在しない部室の正体を最初に確認した者には――』」

 指を立てる。

「霊的報酬あり、って!」

「……ちょっと待って、クラリス!」

 玲子が即座に止めに入った。

「それ、絶対話が変な方向に広がるじゃないの」

「大丈夫よ、玲子。ちょっとした刺激を――」

「それが一番危険なんでしょ!」

 

 だが、時すでに遅し。

 

***

 

 噂というものは、学園では生き物のように増殖する。

 

「ねえねえ、聞いた?」

「存在しない部室、見つけたら何かもらえるらしいよ」

「え、何それ? 願いが叶うとか?」

「霊的なやつでしょ? ポイントとか!」

 

 尾ひれは、瞬く間についた。

 いつの間にか、

 ・最初に入った者には祝福

 ・封縁乙女からの褒賞

 ・願いがひとつ叶う

 ――などという話にまで進化している。

 

「……誰がそんなこと言ったんですか」

 北浜星蘭は、こめかみを押さえた。

 

 昼休み。高等部一年の教室。

 隣の席で、芹沢朱音が楽しそうに身を乗り出してくる。

「ねえ星蘭! これ、絶対あれでしょ? 昨日言ってたやつ!」

「違います。話が三段階くらい飛躍してますよ?」

「でもさ、最初に見つけた人に霊的賞金って!」

「言ってません。そんな制度ありません」

 ぴしゃり、と切るが、朱音はへこたれない。

「でも燃えるよね~。学園ミステリー!」

「あなた、楽しんでますよね」

「うん!」

 即答だった。

 星蘭は小さくため息をつく。

(……まったく。クラリス先輩、何を考えてるんですか)

 

 ふと、廊下を見る。

 向こうから歩いてくる、よく知った横顔。

 

 佐々木葵。

 

 黒髪の長さも、背の高さも、自分とよく似ている。違うのは、葵の纏う空気が、少しだけ静かで、影を含んでいること。

 

 目が合う。

 葵は小さく頷いた。

 

(……やっぱり、あなただけは分かってますよね)

 

 星蘭は、胸の奥でそう思った。

 

***

 

 そして。

 騒動は、本物を引き寄せる。

 

「――ほう?」

 

 中庭のベンチ。

 黒いフリルの日傘の下で、ひとりの少女が微笑んだ。

 腰まで届く漆黒のロングウェーブ。

 学園公認のゴシックロリータ。

 

「存在しない部室……最初に辿り着いた者に、褒賞?」

 

 いつもの日課――

 《詞縁しえんこと調律しらべ》による学園内の不穏な動きの調査。

 周囲の縁に残る無数の「言葉の残響」の中から、ひときわ面白い響きを拾い上げる。

 

 くすり、と唇を歪めた。

 

「面白い冗談ね」

 

 立ち上がり、スカートを翻す。

「それを仕組んだのが誰であれ――」

 

 瞳が、冷たく光った。

 

「最強への挑戦状と、受け取るわ」

 

 神薙美海かんなぎ・みう

 自称最強の封縁乙女。

 黒薔薇の断罪者は、静かに歩き出した。

 

 その先にあるのが、

 ただの噂か、

 それとも――本物の怪異か。

 

 それを決めるのは。

 

 風か、弓か、言霊か。

 

 そして。

 騒動の中心で、桐嶋・クラリス・聖蘭は――

 

「……あら?」

 くしゃみをひとつ。

 

「なんだか、とっても嫌な予感がするわ!?」

 

 ――すでに手遅れだった。

 

***

 

つづく

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