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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第四章 封縁乙女・北浜星蘭

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第2話 風の通らない翌日

 翌朝。

 北浜星蘭は、教室の自分の席に座りながら、窓の外を眺めていた。

 校庭を渡る風は、昨日と変わらず穏やかだ。

 初夏にはまだ早いが、陽射しは柔らかく、世界は何事もなかったかのように回っている。


 ――それが、どうにも気に入らない。


(……おかしいですよね)

 星蘭は、机に頬杖をつき、内心で思考を巡らせる。


 昨日。


 あの部室に足を踏み入れる直前。

 確かに、人の気配があった。

 残留思念の、ぼんやりとしたものではない。

 呼吸があり、そこに確かにいる誰かの感触。


(葵も、同じことを言っていました)


 なら、間違いない。

 あの時、あの場所には、人がいた。

 だが、扉の向こうにあったのは、

 置き去りにされた感情と、居場所を失った想いだけ。


(……それに)


 そもそも、だ。


(あれは教室でしたよね? 部室じゃない)


 机。

 黒板。

 壁に貼られた紙。


 部活動の痕跡はあったが、空間そのものは、どう見ても教室だった。


(学園七不思議のひとつ、存在しない部室とは、

 何かが、違う?)


 考え込んでいると。

「――星蘭、また難しい顔してる」

 背後から、明るい声が飛んできた。

「……してませんよ?」

 振り返ると、そこには芹沢朱音が立っていた。

 人なつっこい笑み。

 長い髪をゆるくまとめ、制服の上からでも分かる、すらりとしたスタイル。


 星蘭は、一瞬だけ視線を逸らす。

(……ずるいですよね、その体型)

 自分がどれだけ願っても手に入らないものを、朱音は自然体で持っている。

 もっとも、それを口に出す気はないが。


「昨日も放課後、どこか行ってたでしょ?」

 朱音は、星蘭の机に腰掛け、身を乗り出す。

「風、荒れてたよ?」

「……感じました?」

 星蘭が問い返すと、朱音は悪戯っぽく笑った。

「うん。星蘭が動いた時の風はすぐ分かるよ」


 芹沢朱音。


 数少ない、星蘭と同じものが見える少女。

 霊感を持ち、怪異の気配を感じ取れる存在であり、だからこそ、星蘭が本音を隠さずにいられる、親友だ。


「ねぇ、また七不思議?」

「……その話題、好きですね?」

「だって、最近多いじゃん。小さな願いとか、いまだと存在しない部室かな?」

 星蘭の指が、ぴくりと止まった。

「噂、まだ続いてるんですか?」

「そりゃあもう。昨日も見た人がいるって」

 朱音は、少し声を潜める。

「でもさ、それ、前から言われてた話と、ちょっと違うんだって」

 星蘭は、朱音を見た。

「どう違うんです?」

「前はね、入ったら戻れなくなるとか、誰もいない部屋だったとか」

 朱音は指を折りながら続ける。

「でも昨日のは、中に誰かがいた気がしたって」


 星蘭の胸が、静かにざわめいた。

(やっぱり……)

 星蘭は、深く息を吸う。

 あの場所には何かがいた?

 そこまで考えたところで――

 教室のドアが勢いよく開いた。


「聞いた!? K.G.S.部長のクラリス先輩が『存在しない部室』に誰が最初にたどり着けるか、勝負とか言い出して!」

 クラスメイトの一人が、興奮気味に叫ぶ。


「は?」

 星蘭の目が点になった。


 教室が、一気にざわつく。

「え、何それ、怖い!」

「また巻き込まれるやつじゃん……」

 星蘭は、思わず額に手を当てた。

(……またあの人は人騒がせな)

 K.G.S.部長、クラリス。

 怪異を追いかけることにかけては一流。

 だが、その行動力は、時に周囲を大騒動に巻き込む。


 朱音が、楽しそうに目を輝かせる。

「面白そうじゃん!」

「面白くありませんよ?」

 星蘭は即座に否定する。

「これは、遊びじゃないです」

 風が、微かにざわめいた。

 昨日、消えたはずの歪みが、

 まだ学園のどこかで、息を潜めている。


(……誰が最初に、じゃない)


 大事なのは。


(誰が、先に踏み込んでしまうか、ですね)


 星蘭は、椅子から立ち上がった。

 小生意気で、真っ直ぐで、

 放っておけない少女の瞳が、静かに燃えていた。

 新しい騒動は、もう始まっている。



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