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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第四章 封縁乙女・北浜星蘭

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第1話 存在しない部室 前編

 放課後の校舎には、二種類の静けさがある。

 一つは、生徒たちが去ったあとの、ただの空白。

 もう一つは――そこに残ってしまったものが、息を潜める静けさ。


 北浜星蘭(きたはませいら)は、後者の気配を、風の止まり方で感じ取っていた。


 高等部校舎三階。

 美術室と資料室の間。

 本来なら、壁しかないはずの場所に、夕日が不自然な影を落としている。

 扉の形をした、影。


 肩甲骨のあたりまで伸びた黒髪が、歩みに合わせて揺れる。

 前髪は眉の上で揃えられ、古風な巫女を思わせる顔立ちは、年相応の幼さを残しつつも、どこか近寄りがたい凛とした空気をまとっていた。


「……やっぱり、ですね」


 星蘭は小さく息を吐く。

 痩せた体躯。

 制服の上からでも分かるほど華奢な肩。


 ――だからこそ、軽んじられるのは慣れている。

 だが、その足取りに迷いはなかった。


 ここには、風がない。

 正確には、風が拒まれている。


「存在しない部室、ですか。七不思議にしては、ずいぶん陰湿ですよ?」


 独り言のように呟きながら、星蘭は一歩、影へ近づく。

 胸の奥に、ざらついた感覚が走った。


 ――ここにいたかった。

 ――でも、いられなかった。


 誰かの感情が、風に乗れず、淀みになっている。


「……放置は論外ですね」


 その瞬間だった。


「やっぱり、星蘭でしたか」


 背後から、落ち着いた声。

 振り返ると、廊下の向こうに佐々木葵が立っていた。

 星蘭と同じ身長。

 だが印象は、まるで違う。

 葵は静かで、内向きで、風よりも溜める気配を持つ少女だ。

 弓を持つ手は強く、けれど引き金を引くことに躊躇を知っている。


「……あなた」

 星蘭は眉をひそめる。


「また、首を突っ込んでいるんですか。危険ですよ?」


 語尾の「ですよ?」が、自然と相手を牽制する。


 葵は気分を害した様子もなく、淡々と返した。

「星蘭も、同じことをしてる」

「わたしは、対処できます」

 即答だった。

「あなたは……まだ、無理をする段階じゃないですよ?」


 一族の誇り。

 自分は祓う側だという確信。

 それが、星蘭の背筋をまっすぐに保っている。

 だが葵は、視線を逸らさない。


「ここにいるのは、妖魔じゃない。居場所を奪われた人の念……近い」


 星蘭は、わずかに息を詰めた。


 ――同じだ。


 自分が風で感じ取った違和感と、葵の直感は、同じ場所を指している。


 その時。


 壁の向こうから、かすかな声がした。

 言葉にならない、けれど確かに“人”の気配。

 星蘭は、一歩踏み出していた。


「……行きます」

 手首を掴まれる。

 葵だった。

「待って。中は、たぶん――」

「分かっています」


 星蘭は、はっきりと言い切る。 


「だから、送るんです。縫い止められたままにしておく方が、よほど残酷ですよ?」


 その言葉に応じるように、影が輪郭を持ち始める。


 古びた木製の扉。

 懐かしさと、息苦しさが同時に押し寄せる。

 風が、完全に止んだ。


「……行きましょう」

 二人は並んで、扉を押し開けた。





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