外伝:反省の書と、千年の封印(K.G.S.の事件後会議)
旧保健室での激闘から、数日後の放課後。
K.G.S.(久遠女学園霊学研究会)の部室は、いつになく重苦しい空気に包まれていた。部長のクラリス、副部長の典子、そして部員である封縁乙女のつばさ、翔子らが、テーブルを囲んで座っている。
クラリスは、ホワイトボードに書いた文字を指さした。
『結果:封鎖 評価:無力化』
「典子、これが今回の総括よ」
クラリスはため息をついた。
「私たちは、女王の鏡の呪いで、部室を霊的に封印され、事件の全貌が収束するまで、身動き一つ取れなかった」
典子は、眼鏡を押し上げながら、冷静な声で続ける。
「ええ、木島かおりが施した、完璧な無力化結界でした。つばさの機転で何とか外部と連絡は取れましたが結果、私たちは完全に無力化されたというわけです」
つばさは申し訳なさそうに俯いた。
「私たちが部室に閉じ込められたおかげで、葵に呪いが集中しなかったのは不幸中の幸いかもしれませんが…」
「情けないわね。最強戦力(私たち)が部室でポッキーを消費している間に、玲子と葵が全てを終わらせた。……いや、美海もね」
クラリスは拳を握りしめた。
その時、いつものように、音もなく、書記のさおりがニコニコとした笑顔で、小さなポットを手に立ち上がった。
「そうですね~。会議には、温かいものが一番です。部長、典子さん、お茶が入りましたよ」
クラリスと典子は、代々の部長から申し送りされてきたルールに従い、彼女の存在を無視して会話を続けながら、ふとさおりについて考える。
(さおり――この部室に取り憑いた最強最悪の悪霊。代々の部長は、書記として役職を与え、さおりの力をこの部室に縛り付け、決して話しかけてはならないと申し送っている。話しかければ、彼女は封印を破り、学園を呪いの渦に包み込むという……)
◆
「私たちの活動は、一体何だったのかしら…」
クラリスが深く頭を抱えた。
さおりは、慣れたように無視される中、ポットをテーブルに置いたが、今回はそのまま退かなかった。
「無視は、もう無意味ですよ~。今回の部室に対する無力化の結界が完全に解けた時点で、私の『封印維持』の任務は解除されましたよ~」
さおりの声に、微かな、しかし絶対的な威厳が混じった。クラリスたちは、ハッと顔を上げ、さおりの顔を、初めて正面から認識した。
さおりは、優雅に姿勢を正した。
「私の真の役割は、この学園に眠る『記録と封印の維持』。久遠女学園の創立前からこの地に存在する、古代の調停者です」
「え! 悪霊じゃなくて!?」
「いえいえ。悪霊ですよ~? ただ、そんな私の力により、この地に施された『千年の封印』の管理維持をしていたということですよ~」
思わず禁を破ってさおりに話しかけてしまい、クラリスは息を呑んだ。最強最悪の悪霊と恐れてきた存在が、この地の守護者だったという事実に、頭が追いつかない。いや悪霊ではあるみたいだが。
「今回の騒動で、女王の力――悪意の引力が解放されました。そして、クラリス部長の持つ神縁の力は、その悪意に反応し、『霊的危機に対する逆ギレ破壊衝動』として暴走する可能性がありました」
「私の逆ギレ!?」
クラリスが叫んだ。
「その通りです。もし悪意の引力とクラリス部長の神縁の力が真正面からぶつかっていれば、この地に施された『千年の封印』は、確実に破壊されていました」
さおりは、静かに頷いた。
「よって私は、木島かおりが施したこの部室に対する結界の霊的波動をキャッチしたあと、その結界の力を密かに強化しました。あなた方を最も無害なポジション、つまり『二重の封印』で隔離することで、封印の崩壊を防いだのです。つまり木島かおりは、知らず知らずのうちに、私の封印維持を手伝っていたわけですね~」
◆
「そして、事件解決の副産物として、私自身をこの部室に縛り付けていた、歴代の封縁乙女たちにより強化されてきた私を縛り付けてきた封印が、完全に力を失い、解除されました」
嬉しい誤算です~と、さおりは嬉々として言った。
淡々と語るさおりから立ち上る鬼気にクラリスたちは背筋を凍らせる。
木島かおりの結界を、全員の力を合わせても破れなかった原因が、さおりの力によるものだった事実に、クラリスたちは愕然とした。
「佐々木葵さんの『真の想縁』の開花により、学園の封印に届く可能性のあった女王の呪いは完全に解かれ、私の封印もまた無効化されました。よって私がこの場所に止まる理由もなくなりました。もともと『千年の封印』の任は強制的なものですからね~」
さおりは、ノートパソコンを閉じ、立ち上がった。
「部長。今後は、この地の封印など諸々の案件はK.G.Sで対応を。私としては、こんな物騒な霊的事件に首を突っ込まず、健全な学生生活を送ることを推奨しますよ~」
そして、部室のドアに向かいながら、最後に振り返って、ニッコリとさおりの笑顔で言った。
「ああ、それと。クラリス部長。封鎖されていた間、あなた方が消費した、ポッキーとスイーツのカロリー総計は、古代の調停者である私の封印維持の燃費の、実に半分に相当します。ご注意を~」
「ちょ、ちょっとかおり、どこに行くの!?」
ドアに手をかけ、静かに去ろうとするさおりの後ろ姿に思わずクラリスは声を荒げた。最強最悪と言われたさおりをこのまま外へ出すわけには行かない。返事によっては、と覚悟を決め縁力を発動させようとする。
「そうですね。もはや時代も変わってしまいました。言われてみればどこに行けばいいんですかね~? 私の中にある呪詛の向かう先もいまや存在しませんし」
さおりは振り返り、どこか物言わぬ寂しさを纏い呟いた。数千年にもわたる孤独な任務からの解放は、同時に彼女の居場所の喪失を意味していた。
その寂しさの縁に、クラリスの鋭い霊感が反応した。彼女は、最強最悪の悪霊だと恐れてきた存在の、「真の孤独」を見抜いた。
「さおり、私の話を聞いて!」
クラリスは、椅子を蹴るようにして立ち上がった。
さおりは、去り際に邪魔をされると思わず、目を見開いた。
「確かに私たちは、あなたをこの場所に縛り付けていた無自覚な邪魔者よ。探求会としては最低。でも、考えてみなさい、さおり!」
クラリスは、まっすぐさおりを見つめた。
「あなたは望んでなったわけではなくても、この地の『調停者』でしょ? 縁を繋ぐのが仕事なのよ。千年も孤独に封印を維持してきたあなたが、いきなり居場所を失うなんて、そんなの縁が途切れているじゃない!」
クラリスは、さおりに歩み寄り、彼女の小さな肩を掴んだ。
「この地の封印も、K.G.S.も。あなたの監視なしでは危なくて続かないわ。そして、あなたには、私たちから記録を取り続けるという、新しい縁が必要でしょ?」
クラリスは、小さな笑みをこぼした。
「だから私が新しい縁をあげるわ。悪霊だろうが、古代の調停者だろうが関係ない!『K.G.S.の書記』としての縁は、まだ切れていない。さおり、正式に、私たちの仲間にならない?」
その言葉を聞いたさおりは、一瞬、目を見開いた後、堰を切ったように崩れるような微笑みを浮かべた。それは、彼女がこれまで浮かべていた、感情のないニコニコ笑顔とは全く違う、心の底からの、純粋な喜びに満ちた笑顔だった。
「……はい、クラリス部長。承知いたしました~」
部室の奥で、典子は眼鏡を曇らせ、翔子は感動のあまり涙ぐんだ。
そして、その傍らに立っていたつばさがポツリとボヤいた。
「え~、でも……最強の悪霊を正式に書記にとか冷静に考えてヤバすぎじゃ? これ、部室の掃除当番とか、逆にものすごく厳しくなるよね? なんか、ちょっとでもサボったら、どんな目にあうか……」
超常現象探求会の、騒々しくも心温まる再始動であった。




