エピローグ:優しい日常と、これから紡ぐ「縁」
旧保健室での激闘から二日後。
佐々木葵は、師である玲子とK.G.S.部長のクラリスと共に、学園長室で一連の事件の顛末について報告を終えた。
床に崩れた全身鏡の残骸、呪いの結界によって破損した旧保健室の修繕費用、そして何よりも、愛子とかおりの今後の処遇について、重い話し合いが持たれた。
悪霊の女王が起こした騒動は、表向き「設備の老朽化による事故」として処理されたが、学園長はすべてを理解していた。
「……木島さんは、当分の間、休学となります。呪いこそ解けましたが、彼女の負った心の傷は深く、社会的な責任も免れません。しかし、あなたは彼女の魂を救った」
学園長は、疲労の見える葵に深く頭を下げた。
「佐々木さん。封縁乙女の任、ご苦労様でした」
愛子については、奇跡的に意識を取り戻し、現在は病院で療養中だという。呪いから完全に解放されたことで、彼女の生命に別状はなかった。
(愛子ちゃん……。私が直接、謝罪して、謝らなくちゃ…)
報告を終え、廊下に出ると、玲子が葵の頭を軽く叩いた。
「顔色が悪いわね。いくら想縁が癒しの力といっても、あれほど強大な悪意を受け止めれば、心身ともに消耗する。今日はもう帰りなさい」
「はい、師匠。でも……ありがとうございます」
葵は、玲子の命がけの行動を思い出し、改めて感謝した。師の身体もまだ万全ではないが、その瞳には強い光が戻っていた。
◆
昇降口に向かう葵の足取りは、依然として重かった。心は安堵しているものの、今回の戦いの重みが、まだ彼女の肩に残っている。
教室棟を通り過ぎると、体育館の方から、部活動の生徒たちの賑やかな声が聞こえてきた。悪意の引力の渦が消えた世界は、いつも通りの、優しい喧騒に満ちていた。
葵は、今回の戦いを通じて、「偽善」では決して届かない、「真の想縁」の力を手に入れた。それは、相手の孤独を、自分の孤独として受け止める、という重い覚悟を伴うものだった。
愛子を救えなかった後悔はまだ残っている。しかし、木島かおりを救い、その魂を解放したことで、葵は、自身の能力に対する疑念を払拭することができた。
(次は、愛子ちゃんに会いに行こう)
◆
昇降口から外に出ると、空は、あの呪いの日のように淀んだ黒ではなく、どこまでも澄んだ青だった。
世界には、悪意の引力のように、人を引き裂く力がある。孤独や憎悪が、常に人を闇へと誘おうとする。
だが、同時に、涼子との友情や、愛子の回復を願う純粋な想いのように、人を繋ぎ、温める『縁』の力も確かに存在する。
佐々木葵は、その優しい光を信じ、力強く弓の霊媒を握りしめた。
戦いは終わった。しかし、封縁乙女としての彼女の道は、今、真に始まったばかりだ。彼女は、その重い使命を背負い、今日もまた、誰かのために弓を引くことを誓うのだった。
これで「第3部 悪霊の女王」編の完結となります。ご意見、お気に入り等していただけますと励みになりますのでよろしくお願いいたします。




