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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第三章 悪霊の女王

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鏡の深淵と、女王の渇望(悪意の引力の真実)

 葵の放った《想縁弓・慈愛ノ解結》が、木島かおりの身体に触れる寸前、世界は静止した。矢の純白の光と、かおりから噴き出す漆黒の悪意が、硬質な霊気の塊となって空間に固定されている。


 その瞬間、葵の意識は、肉体から切り離された。視界が急速に反転し、彼女の目の前には、かおりの背後にあった巨大な全身鏡の暗い水面が広がっていた。


(これが……! 呪いの核心……!)


 鏡の中は、無限に広がる黒い空間だった。足元には、無数のスマホの画面やSNSのアイコンが水面に浮かぶように光っており、それらがすべて、かおりの顔を映し出し、囁き合っている。


「よく来たわね、調停者さん」


 空間の中心、玉座のような巨大な悪意の塊の上に、女王の姿をしたかおりが座っていた。その背後には、以前の女王の呪いよりもはるかに深く、現代的な悪意が渦巻いている。


「ここは、私の支配領域。すべての『悪意の引力』が集まる場所よ。あなたのその甘い『慈愛の想い』も、この深淵では、ただの泡沫うたかたに過ぎない」


 葵は弓を構え直したが、霊力は、この空間の圧倒的な悪意の重力に押し潰され、弓弦を結ぶことすらままならない。


「あなたは……本当に、この悪意を望んでいるの、木島さん?」


「望んでいるに決まっているでしょう!」

 女王は嘲笑した。


「私たちは、繋がっている。すべての人間が持つ、醜い心の闇と。それこそが、真の縁よ。偽善で塗り固められたあなたの『想縁』など、すぐに消え失せるわ」



 女王の嘲笑が響き渡る中、周囲の黒い水面に浮かぶスマホの画面が一斉に変化した。そこに映し出されたのは、木島かおり自身の過去の記憶だった。


 ——それは、中等部に入学したばかりの、まだ幼いかおりの姿。


 彼女は、教室の片隅で、一人静かに絵を描いている。周囲のグループから孤立し、視線はいつも下を向いていた。


 そして、画面には、当時のクラスメイトたちの悪意に満ちたメッセージが、吹き出しのように浮かび上がる。


『あいつ、いつも一人でキモいんだけど』

『無視リストに入れようぜ。空気読めないし』

『SNSで裏垢作って、ひそひそ悪口言い合ってるらしいよ』


 かおりは、これらの悪意を誰にも言えず、ひたすら耐え忍んでいた。


 そんなある日、親切心からか、一人の上級生が彼女に話しかけてきた。しかし、その行為が周囲の嫉妬を買い、かえってかおりへのいじめが激化した。


 画面は、かおりが、自分に向けられる悪意をすべて、一人で受け止めようとし、絶望の淵に沈む瞬間に切り替わる。


 絶望したかおりは、誰も自分を助けに来ないことを悟り、自力で状況を打破しようと、狂気的なあがきを始めた。


 画面が早送りされるように切り替わる。かおりは、ひたすら自分を磨いた。徹底的な努力と自己管理によって、誰もが認める美しさを手に入れた。周囲の視線は、嘲笑から、憧れへと変わる。ファッション雑誌のモデルとして学園内で注目を集めるようになり、彼女の周囲には、一気に人が集まり始めた。


 しかし、その顔は笑っていなかった。


 画面は、かつて彼女を無視していた同級生が、媚びるような笑みを浮かべ、彼女に取り入ろうとする姿を映す。かおりは、それを冷たい目で見下ろす。


『かおりちゃん、本当にすごいね! 私たち、昔から仲良かったじゃない?』


 その言葉を聞くたび、かおりの心の中は、空虚な勝利感と、拭えない深い憎悪に満たされていった。


「……見たでしょう、佐々木葵」


 女王は、冷酷な声で言った。

「あの時の私は、切実に繋がりを求めていた。誰にも頼らず、自分の力だけで、すべてをねじ伏せた。でも、手に入れたのは、偽善の繋がりと、私自身を蝕む虚しさだけ。努力で得た勝利なのに、私の心は満たされなかった」


 女王は玉座から立ち上がり、傲然と言い放った。

「だから、私は決めたの。誰も私を救ってくれないなら、いっそ、この世界中の悪意と、私が繋がってやると。すべての悪意を集め、誰も私を傷つけられない、『悪意の引力』を作ってやる! これこそが、私が求めた救済よ!」



 葵は、かおりの過去の孤独と、その末に悪意に身を投じた「渇望」の深さに、息を飲んだ。彼女の想縁が求めてきた「孤独に寄り添う」という課題の、最も極端な形がここにあった。


(この悪意は、木島さんが生み出したものじゃない。この学園の、そして、世界中の孤独な悪意が、木島さんを『女王』に祭り上げたんだ……!)


 葵は、身体中の霊力を振り絞り、微かに弓弦を結び直した。


「それは、救済じゃない。悪意の奴隷になっただけよ、木島さん!」


「黙って! あなたの偽善など、もう聞きたくない!」


 女王が手を振ると、鏡の底から、無数の黒い鎖が立ち上がり、葵の四肢を拘束しようと迫る。それは、『悪意の引力』が生み出した、逃れられない『繋がり』の鎖だった。


 葵は、迫りくる鎖に怯むことなく、自分の心の中の、愛子を救えなかった後悔、そして親友を失いかけた過去の孤独を、敢えて呼び覚ました。


(私にも、孤独と後悔があった……! 誰にも理解されない、あの闇の淵にいた過去がある!)


 葵は、その孤独を恐れず、むしろその孤独を通して、かおりの過去に共感しようと試みた。


「あなたの孤独は、私にもわかる……! でも、その鎖は、あなたを救わない! あなた自身が、その悪意を解き放つことを、私は諦めない!」


 葵は、弓をかろうじて引き絞り、狙いを女王の心臓ではなく、玉座の背後に渦巻く悪意の根源に定めた。


「想縁の弓は、悪意を破壊しない。縁を調停する!」



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