封鎖された学園と調停者の突入
佐々木葵は、師匠である大杉玲子と合流するため、高等部裏手へ急いでいた。中等部棟から高等部へ向かう渡り廊下を進む彼女のスマートフォンの画面が、緊急連絡を告げる。
K.G.S.の部長、クラリスからのメッセージだった。
《葵、動かないで! 強力な結界が発動した。旧保健室から、学園全体に。私たちは部室に閉じ込められた。この結界は、封縁乙女の存在を感知してロックをかけている》
葵が顔を上げると、窓の外、晴れていたはずの空気が鉛色に歪んで見えた。学園を包む霊的な重圧が、物理的な圧力となって肌を刺す。
「結界……!」
その瞬間、葵の頭に、玲子の声が響いた。
《葵。結界のことは把握しているわ。あなたは急いでこちらへ来なさい。その結界は、『組織だった妨害者』をターゲットにしている。移動中の単独行動のあなたは、まだマークされていない》
葵は安堵した。師匠は既に動いていた。
K.G.S.の部室。重厚な扉と窓は、漆黒の結界で覆われていた。
部室の中央では、部長のクラリス、副部長の典子、そしてつばさや翔子ら数名の封縁乙女たちが顔を青ざめさせていた。
「典子、これは一体……!?」
クラリスが焦りを滲ませる。
「これは、悪霊の女王が『器』を得たことで、前任者が持っていた『術者』の知識を引き継いだ証拠です! 彼女は、私たち封縁乙女たちが最大の障害だと認識した! 部長と私の霊力反応を核に、部室を封鎖したのです!」
典子の解析ツールが、学園内の霊的マップを示す。K.G.S.部室は、最も濃い黒の結界で覆われていた。
そのとき、つばさが鋭い表情で立ち上がった。
「クラリス部長! ギリギリでしたが、外への連絡用の『穴』を作れました!」
典子は、素早く解析ツールを確認し、深く頷いた。
「さすが、つばさ。彼女の『想縁』の力による縁感知で、結界が完全に閉じる前に、敵の攻撃を察知し、霊力の流れをわずかに誤魔化してくれたようです。これで、外部と連絡が取れます!」
「つばさ、よくやったわ! あなたのおかげで葵に警告できた」
クラリスは感謝を伝える。
「だけど状況は最悪よ。私たち封縁乙女を戦力としてカウントした敵に、まんまと無力化されたというわけね」
クラリスは悔しさに歯を噛んだ。
◆
一方、大杉玲子は、自身の隠れ家である茶室の結界を、既に取り払っていた。茶室もまた、かおりの放った最初の封印の標的となっていたが、玲子は封印術のエキスパートとしての力で、難なくそれを退けていた。
玲子は茶室から出て、旧校舎へと向かう道すがら、思案する。
(なるほど。『器』を得たことで、この学園に存在する『封縁乙女』の情報を読み取ったのね。そして、戦力の大きい順にロックをかけた……)
玲子の見立てでは、かおりはK.G.S.を無力化することで、残る単独の封縁乙女を個別に潰すつもりだろう。
その時、走り込んできた葵が玲子の前に合流した。
「師匠! 無事でしたか!」
「ええ、大丈夫。さあ、急ぎましょう。……それと、涼子さんなら私の結界内で保護しているわ。もう呪いの支配下にはない。今は安心して戦いなさい」
玲子の言葉に、葵はホッと息をつき、涙ぐんだ。
「はい! ありがとうございます、師匠……!」
「あの娘は、私たちを『旧時代の術者』と侮っている。その油断が、私たちに与えられた唯一のチャンスよ」
玲子は旧保健室の扉を見据える。扉には、禍々しい黒い縁が複雑に絡みつき、以前とは比べ物にならない強固な封印が施されていた。
「この扉の封印は、私が破るわ。私は想縁術のエキスパートよ。そして、あなたの想いの力が、奥で待つ『悪意の器』を打ち破る鍵になる」
葵は強く頷いた。
(私の力は、師匠や、つばさ先輩のように縁を操る力とは少し違う。私の『真に寄り添いたいと願う想い』を具現化する、攻撃特化の力……。この力を、今こそ!)
彼女の表情には、憔悴の色は消え、強烈な決意が宿っていた。
「はい。師匠!」
◆
玲子は、旧保健室の扉に向かって進み出た。彼女は漆黒の扇子を取り出すと、それを広げるのではなく、固く閉じたまま扉の鍵穴に当てた。
玲子の指先から、周囲の『縁の支配結界』と逆行するような、白く細い光の糸が放出される。
「《想縁・調和ノ解縛》」
玲子の術は、扉に絡みつく呪いの波動と、扉そのものの古い物理的なロックを精密に解析し、縁を調和させ、縛りを解いていく。その瞬間、扉は内側からバキッという乾いた音を立てて弾け飛んだ。
そして、中から流れ出たのは、極めて濃密な、悪意に満ちた呪いの奔流だった。
「葵!」
「はい!」
葵は結界の奔流に怯むことなく、その場に留まり、手に霊力を集中させる。
――今、必要なのは、この呪いを断つ力。
葵はすっと左手を前に伸ばし、右手を肩口まで引く。
何もないはずの空間に、ピンと張った弦のような気配が生まれる。
まるで見えない弓に矢をつがえるような、研ぎ澄まされた動作。
それは、彼女だけの術の構え――風射の型。
「《想縁・蒼穹ノ浄弓》」
足元に、淡い蒼の光輪が浮かぶ。
空気が震え、弦の響きが空間を裂く。
右手に握られるのは、想いの矢。その激しく燃えるような純白の霊力は、呪いの奔流を斬り裂き、保健室の内部を照らした。
保健室の中央。かつて本来の女王が座していたベッドの上には、今、木島かおりが立っていた。
彼女の背後では、黒く濁った全身鏡が学園中の呪いを吸い上げ、その力がかおりの全身から漆黒と緋色のオーラとして噴き出している。瞳は呪いの力で金色に輝き、その顔には、傲慢で冷酷な『女王』の笑みが浮かんでいた。
「よく来たわね、佐々木葵。そして、傍にいる封印の調停者さん」
真の呪いの女王と化した木島かおりは、悠然と二人を見下ろした。
「まさか、あなただったとは……!」
葵は息を呑んだ。
玲子は扇子を構え、警戒を最大に引き上げた。
「……厄介なことになったわね、葵。これは、ただの悪霊じゃない。『器』を得て、現代の悪意を従えた最強の呪いだわ」
ここに、久遠女学園の命運を賭けた、封縁乙女と真の呪いの女王との最終決戦が幕を開けた。




