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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第三章 悪霊の女王

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新旧呪術師の対決と女王の誕生

 高等部の裏庭にある、小さな茶室。K.G.S.のメンバーだけが知る、高等部三年生の大杉玲子(葵の師匠)の隠れ家だ。


 佐々木葵は、憔悴しきった表情で玲子の前に座っていた。葵が中等部時代、弓道部で起こった呪いの弓事件を玲子が解決した時から、葵は玲子を師匠と仰ぎ、世話になってきた。その冷静で確かな術を持つ師匠の存在が、今の葵には必要だった。葵は、涼子の異常な執着が、「小さな願い」の呪いによって縁を歪ませられた結果である可能性を説明した。


「師匠。涼子の縁は、まるで毒が流し込まれたみたいに、私に絡みついています。このままでは、彼女が本当に呪いに飲まれてしまう」


 玲子は静かに目を閉じ、涼子から受け取ったわずかな『縁の切れ端』を指先に掲げた。それは、葵と涼子を繋ぐはずだった赤い糸が、どす黒く変色したような様相を呈している。


「確かに、これは酷いわね。相変わらず、面倒なことばかり引っ張ってくる生徒たちだわ。私、こういう師匠みたいなこと、向いてないんだけど」


 玲子はそう毒づきつつも、瞳には確かな意志が宿っていた。


「術は、願われた者の純粋な縁をエネルギーとして利用し、それを願う者の欲によって歪ませて具現化させる。涼子ちゃんの願いは葵と一緒にいること。術はそれを葵が涼子ちゃんから離れられない呪いとして成立させた。そして、涼子ちゃんの自我は、その歪んだ縁に飲み込まれかけているわ」


 玲子は、自身の能力である封印術、特に縁の調停バランシングを得意としていた。彼女は深呼吸し、その縁の切れ端に、繊細で強力な術を施す。


 玲子の指先から発せられた白い光が、黒い縁を包み込んだ瞬間、涼子の縁は瞬時に鎮静化され、光の結界として凝固した。


「これは、一時的な呪いの静止結界よ。涼子ちゃんがこの結界にいる限り、呪いの縁は彼女の精神に干渉できない。ただし、結界は破られやすい。急いで呪いの元を断つ必要があるわ」


 葵は安堵の息を漏らした。涼子は玲子の茶室に預けられることになった。


「ありがとう、師匠。私はクラリス先輩たちと向かいます。愛子ちゃんの残した手がかりと、先輩たちの推論を信じて」


「ええ。私もあなたたちの援護をするわ。七不思議の要石、『開かずの保健室』。そこは単なる心霊スポットではないわ。久遠女学園の封印の核が隠されている場所。呪いを集積するには、うってつけの場所ね」


 葵は改めて決意を固め、K.G.S.の部室へと向かった。



 K.G.S.部室では、典子が縁結びの鏡と最新の解析ツールを用いて、学園中に拡散した呪いの縁の動向を調べていた。部長のクラリスが、その様子を固唾を飲んで見守っている。


「どう、典子? 呪いの力は、やはり旧保健室に集まっているの?」


 典子はフレームに囲まれた鏡を見つめたまま、静かに首を横に振った。


「呪いの縁の集積は、予想外の様相を呈しています。当初、私たちはこの学園に隠された七不思議のシステムを悪用し、術者が呪いを悪霊の女王という実体のある霊体に集めていると想定していました」


 しかし、典子の解析ツールが示すデータは、それを真っ向から否定していた。


「集積が始まって数日経った頃から、その流れが急速に逸脱し始めた。集積の中心は旧保健室ですが、その受け皿が、もはや霊体ではありません。それはまるで、巨大な穴……あるいは、空白のように振る舞い、力を吸い上げ続けている」


「空白……? それはどういうこと?」


「霊体や怨霊は、その存在に限界があります。しかし、今このシステムが力を集めている先は、まるで『器』です。そして、その器の容量は、私たちが予測していた『悪霊の女王』の許容量を遥かに超えている」


 典子は、最後に最も不吉な解析結果を口にした。


「そして、その集積の中心にある器の波動に、木島かおりの縁が重なり始めている。まるで、彼女自身が器に近づき、同化しようとしているかのように」


 クラリスは衝撃に目を見開いた。


「やはり、その器があるのは、私たちが長年警戒していた七不思議ひとつ、『開かずの保健室』だということね。まさか木島かおりが、女王のシステムそのものを乗っ取ろうとしているとでもいうの?」


 典子の答えは、静かで重いものだった。


「その可能性は否定できません。彼女の悪意は、このシステムにとって、最高の『燃料』です」



 同時刻。旧校舎の奥、硬く閉ざされていたはずの『開かずの保健室』の扉が、音もなく開いた。


 木島かおりは、自分の体から発せられる呪いの波動を道標とし、その扉を潜り抜けた。かおりは、愛子の言葉や自身の体験から、この場所こそが、「小さな願い」のシステムが「力」を集めている場所だと突き止めていた。


 保健室の中央。古いベッドの上に、一人の少女が座していた。その背後には、古びた全身鏡が置かれ、鏡面が黒く濁っている。少女は読者モデルをしていたかおりに勝るとも劣らない、完璧な美貌を持ち、その全身からは、古の儀式のような重々しい霊気が漂っていた。この少女こそが、呪いを集めてきた術者であった。


「見つけたわよ、悪霊の女王さん?」


 かおりの軽薄な声に、少女はゆっくりと顔を上げた。その眼光は鋭く、かおりを侮蔑の目で貫いた。少女は薄く微笑み、薔薇のような華やかな笑顔を作った。


「悪霊の女王……? あなた、面白いことをいうのね」


 少女の冷たい視線がかおりを上から下まで値踏みする。


「私の領域に、たかが悪意の残滓を纏っただけの雑魚が踏み入るとはね。あなたは、私たちが広げた『小さな願い』の呪いに、偶然辿り着いた、取るに足らない存在。すぐにその力を吐き出して、消え去るがいい」


 少女は冷たく言い放った。彼女にとって、かおりが悪意を広げたのは、システムへのささやかな献上品でしかなかった。


「雑魚、ね。あなたは古臭い紙切れと鏡に頼る旧時代の術者。私は、あなたとは違うわ」


 かおりは挑発的な笑みを浮かべ、持っていたスマートフォンを取り出し、画面をタップした。


 かおりは独学でこの呪いのシステムが「集団の感情」と強く結びついていること、特に「匿名での攻撃」や「集団での同調」が力を増幅させることを理解していた。


「あなたは、目に見える怨念しか集められない。でも、私はSNGエス・エヌ・ジーよ。通信衛星サテライトのように、悪意の信号を広範囲に伝送し、集団心理、匿名での攻撃、承認欲求といった現代の悪意の総量を、あなたより遥かに効率的に引き出せる。そうね。言わば『悪意の引力』ね」


 かおりは、これまで懐柔してきた中等部の少女たちのグループチャットを開いた。そのコミュニティこそが、かおりが気づかずのうちに作り上げた『新時代の縁の収集装置』だった。


「あなたのシステムは、私の『悪意の引力』の前には、ただの古い器よ」


 かおりは、少女たちに事前に作成しておいた、力の強奪を促すメッセージを、一斉に送信した。


『このシステムの全ての力と呪いを、私たちに捧げよ』

『この学園の、全ての呪いの中心を、私たちに移せ』


 彼女たちが送ったのは、紙の制約を超えた、純粋な悪意による願い(呪い)。それは、システムが最も求める極上の悪意であり、システム制御を乗っ取るための起動キーとなった。


「そんな稚拙な手段で、私を凌駕できるとでも!」


 本来の女王である少女は激昂し、呪力を解放しようとしたが、彼女の力は、集団の悪意という名の黒い津波には抗えなかった。少女の全身を呪いの逆流が襲い、その体が背後の全身鏡に吸い込まれるように消滅した。


 そして、その呪いの津波は、力強く、邪悪な『器』の素質を持つ木島かおりの体へと、一気に流れ込んだ。


「アァ……! ウフフフフ……!」


 かおりの全身を、漆黒の光が包み込む。古の呪術と、新時代の悪意。二つの時代を跨いだ呪いの力が、彼女の体内で融合した。瞳は呪いの力で金色に輝き、その悪意は天井を突き破るほどの巨大な意志へと変貌した。


「これが、私の力……! 旧時代の亡霊は、ここで終わりよ。久遠女学園の、真の呪いの女王は、この私よ!」


 旧保健室の壁一面に、歪んだ鏡のような結界が広がり始める。その結界の黒い網は、校舎を越え、丘を越え、都心へと向かう無数の見えない通信線ネットワークと重なり始めた。


 クラリスたちの想定を超え、木島かおりという悪意の塊を核とした悪霊の女王が、ここに誕生したのだった。彼女の『悪意の引力』は、もうこの学園だけでは収まらない。


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