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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第三章 悪霊の女王

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縁の歪みと女王の罠

 翌日。午前の授業を終えた教室で。大滝涼子は隣の席の佐々木葵の制服の袖を、ぐっと掴んでいた。


「ねえ葵、お昼、一緒に食べよ?」


「うん、いいよ。でも、そんなに力入れなくても、逃げたりしないよ?」


 葵は優しく微笑んだが、涼子の瞳には、いつもの明るい無邪気さとは違う、微かな狂気が混じっているように見えた。その執着は、どこか不自然だった。


(昨日、『葵が明日もボクと喋ってくれますように』って、冗談半分で願ったせい……?)


 涼子の脳裏に、あの「願い」の噂と、東寺千春の悲劇がよぎる。しかし、それ以上に、「葵を独占したい」という甘く重たい衝動が、身体の奥から湧き上がってくる。


 葵はそっと涼子の手を外させると、スマホを手に取った。


「ごめん、少しだけ待ってて。連絡したい人がいるんだ」


 涼子はすぐに不満そうな顔になる。


「え、誰に? なんで?」


「……昨日から、なんか変な縁を感じるんだ。私たち二人の間に、無理やりくさびを打ち込まれたような、気持ちの悪い感触が」


 葵の指がスマホを叩く。涼子の願いは、「葵との縁を繋ぐ」という純粋な願望だったが、術の側がそれを「葵が涼子から離れられない」という歪んだ形に変え、二人の縁に毒を流し込んでいるのだ。


 葵は師匠へのメッセージを諦め、涼子の顔を見つめ、静かに、そして強く言い聞かせた。


「涼子。落ち着いて。今は、一緒にいるよ?」


 その一言で、涼子の表情は一瞬で綻んだ。その変化の早さに、葵の背筋に冷たいものが走る。


「うん! 約束だからね!」


 葵は涼子に微笑み返しつつ、内心で師匠に送るはずだったメッセージを修正した。


(『涼子が、危ない』。そして、術は『願われた者の縁を歪ませる』形で干渉している……)


「悪霊の女王」が、生徒の純粋な縁(想い)すら、汚染し始めているのだ。



 放課後。久遠女学園の中等部棟裏にある中庭で、スケッチブックを抱えた佐藤愛子は、木島かおりが友人と別れるのを待っていた。


 友人と別れ、一人になったかおりに向かって、愛子はまっすぐ歩み寄った。


「木島さん。少し、お話があります」


「あ、愛子ちゃん? どうしたの、こんなところで。美術部じゃなくて、探偵ごっこ?」


 かおりは最初、余裕の笑顔を浮かべたが、愛子の瞳が真剣な光を帯びていることに気づくと、警戒の色を強めた。


「おまじないの話よ。東寺千春さんの件、全部あなたの仕掛けだったんでしょう?」


 愛子は一歩踏み込み、声を潜めた。


「あなたは噂を広め、ルールを破るように仕向けていた。そして、千春さんだけじゃなく、みんなの『願いの念』が、どこかに集められていることにも気づいているよね?」


 かおりの笑顔が、ピシリと凍りつく。


「な、何を言ってるの? 私はただ、噂に乗っかっただけよ。千春の件だって、自業自得でしょ?」


「嘘よ」

 愛子は強く言い返した。

「あなたは、千春さんの願いが『罰』として具現化するのを、楽しんでいた。昨日、階段の下で、私は全部見ていた。あなたの顔に貼られていた『悪意の縁』が、剥がれ落ちる瞬間を」


 愛子は霊的感応体質を持っているがゆえに、かおりの本性を感じ取っていた。


「そして、その願いは、紙がなくても叶うはずがない。あなたは、その力がどこかに集められていることにも気づいている。そして、その一部が、あなた自身に集まり始めていることも」


 愛子の言葉は、かおりの核心を突いた。かおりの顔から完全に余裕が消えた。


「う、うるさいっ! 何を知ってるのよ、あなた!?」


 かおりは顔を青ざめさせ、涙目で首を横に振った。


「違う! 私は誰にも操られてないわ。この力は私が広めたんだから! そして、あなたが言ってる『何か』は、私も探している! その力と繋がれば、私はもっと上に行けるんだから!」


 かおりは声を震わせ、半狂乱になったように激しい言葉を吐き捨てた。彼女の頬には涙が流れ、その形相はまさに追い詰められた卑劣な犯人そのものだった。


「もう嫌! 誰かに言いつけてやる!」


 かおりは叫ぶと、裏庭から中等部棟の奥へと、一目散に逃げ出した。


 愛子の目的は、混乱したかおりから、女王に繋がる情報を引き出すことだった。


(やはり、彼女もその力を探している! 女王の居場所に繋がるかも!)


 愛子は確信し、かおりが逃げ込んだ棟の奥へと、全力で駆け出した。



 かおりは人通りの少ない、旧校舎へと続く古い連絡通路の階段を、もはや無様なほど必死に駆け上がっていた。愛子は、絶対に逃がさないと固く決意し、彼女を追いかける。


 かおりは二階上の踊り場に到達したところで、呼吸を乱し、屈辱に顔を歪ませたまま足を止めた。彼女の全身は小刻みに震えているように見えた。


 愛子が、階段の一階下の踊り場を曲がり、かおりがいる踊り場へ続く階段を駆け上がってきた瞬間、木島かおりは唐突に振り返った。


「待って、木島さん! 観念しなさい!」


 愛子は息を切らし、手を伸ばす。彼女が、あと数段でかおりに追いつく――そう愛子が思った瞬間だった。


 かおりの表情は、一瞬で氷のように冷たくなった。さっきまでの無様さ、恐怖、屈辱といった感情は、まるで魔法のように消え去っていた。


 そこに貼りついていたのは、冷ややかで、計算し尽くされた、邪悪な笑顔。


 かおりは、愛子との距離を確認し、おかしくて仕方がないといった様子で、楽しそうに笑い声を漏らす。


「バカね、愛子ちゃん? そんなに必死になって。優等生って、ホントに騙されやすいんだから」


 愛子は足を止められず、かおりがいる踊り場まであと数段のところまで迫る。


「…まあ、もうどうでもいいんだけど」


 かおりは、冷たい目線で愛子を見下ろした。


「私が昨日の夜、あなたのためだけに『小さな願い』をしたことにも気づかないの?」


 愛子はハッと目を見開き、一瞬、足が止まる。その一瞬の躊躇が全てだった。


 かおりは、愛子の瞳を見て、最高の愉悦を味わうように口の端を吊り上げた。


「私ね、お願いしたんだよ? 愛子が、この階段で足を滑らせますように、ってね?」


 その言葉が響くかのように、愛子の足元に『滑らせる縁』が編み上げられる。何もないはずの段で、愛子の足が不自然にもつれた。


「あ……」


 愛子は、かおりのいる踊り場に到達することなく、そのままバランスを崩した。手にしていたスケッチブックが宙を舞い、愛子の身体は、激しい音を立てながら、一階下のフロアに向かって転げ落ちた。


ドン、ドン、ドン……。


 鈍い衝突音が、廊下に響き渡る。直後、階段の下のフロアにいた数人の下級生たちが、その光景を目撃し、悲鳴を上げた。


「キャー!誰か、階段で滑ったみたい!」


「早く先生を呼んで!」


 かおりは、転落の音を冷たい笑顔のまま見届けた。下級生たちの視線からは、かおりの姿は見えない。誰も、かおりの存在を知ることはない。


「ふふ。これでさよならね、愛子ちゃん」


 そして、何事もなかったかのように踵を返し、来た道を下りていった。階段の最下部で、愛子が微かに「あ、あお……い」と、憧れの先輩の名を呼ぼうとしたのを、彼女は知る由もなかった。


 愛子の身体から、僅かに発せられていた霊的感応の縁が、音もなく途絶える。


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