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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第三章 悪霊の女王

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忍び寄る影⑦

 きっかけは、些細な噂だった。


「中等部二年の木島かおりって子、願いが叶うって話を広めてるらしいよ」


 その名前を聞いたとき、雨宮愛子の胸に、小さな棘のような違和感が走った。


 木島かおり──D組。モデル活動をしている目立つ生徒で、教室ではいつも人の輪の中心にいる。小柄だが、目鼻立ちのはっきりした可愛らしい顔立ちに、人懐っこい笑顔。誰とでも気さくに話し、教師からの評価も高い。


 だが、愛子は思った。


(そんな子が、本当に……?)


 彼女は「小さな願い」を、ただの噂としてではなく、確かに存在する“現象”として捉えていた。それは決して、誰かの遊び半分で済むようなものではない。


 だからこそ、かおりがそれに関わっているという噂は、無視できなかった。



 放課後の図書室で、かおりを見かけた。


「こんにちは。木島さん……だよね?」


「うん、そうだけど……あれ? あなた、愛子ちゃんだよね? 美術部の。こないだ展示されてた絵、すごく良かったよ」


 笑顔で、自然に、優しいトーンで話しかけてくる。


 けれど、愛子はその中に、目に見えない“温度差”を感じ取っていた。──その言葉に、心が乗っていない。むしろ、どこか探るような視線すら含まれていた。


「ありがとう。でも、今日はちょっと、別のことで話があって……」


「ふぅん? なに?」


 愛子は、声を落とした。


「“小さな願い”について、聞きたいの。あなた、何か知ってるんじゃないかって……」


 その瞬間。


 かおりの表情が、わずかに固まった。だが、すぐに笑みを取り戻す。


「なんだぁ。噂の話ね。うん、まあ……ちょっと知ってるかも?」


「本当に? それって、叶うって話も?」


「うーん……秘密、かなぁ。でもさ」


 かおりは一歩、愛子に近づいた。


「そういうの、あんまり深く首突っ込まないほうがいいよ? “変なこと”になるから」


 言葉は柔らかい。だが、確かにそこには“脅し”があった。


 見た目は可愛い女の子。明るく、誰にでも好かれる、そんな少女。


 ──でも、この子は、違う。


 愛子ははっきりと感じた。かおりの中に潜む、確信的な“悪意”を。


(最初からこうだったのか、それとも……願いに取り込まれたのか)


 わからない。ただ一つ確かなのは──この子が、危険だということ。


 それが確信に変わったのは、数日後の、あの場面だった。



 人気のない階段の下。夕焼けに染まる空の下、かおりと千春の姿があった。


「ねぇ千春。私に何か願ったり、誰かに何か余計なこと言ったりしてないよね?」


「え……?」


「大丈夫だよね。だってね──私はもう、『千春が私に何か不利なことをしませんように』って、お願いしといたから」


 その笑顔が、あまりに自然で、あまりに残酷だった。


(やっぱり……)


 愛子は唇を噛み締めながら、そのやりとりを見つめていた。


 ──千春は、かおりに操られていたのではない。けれど、確かに彼女を“信じて”いた。


 その信頼を利用して、かおりは“願い”の連鎖を導いたのだ。


 その時にはもう、愛子は決めていた。


(止めなきゃ──あの子を)



 夜の屋上。


 高い手すりの向こうに、千春の小さな背中が揺れていた。


「……誰も、信じてくれない」


 風が吹き抜ける。少女の声は、あまりに儚く、脆い。


 その足が、わずかに動いた、その瞬間──


「──ダメっ!」


 走り出したのは、愛子ではなかった。


 先に千春の腕を掴んだのは、一人の高等部生だった。


 佐々木葵。


 制服の袖が風に舞い、葵は力強く、その手を引き戻す。


「……おちついて?」


 短く、優しい声だった。


 その声に、千春の肩が震え、足が止まった。


 膝をつき、その場に崩れ落ちるようにして泣き出した少女を、葵はしっかりと抱きとめた。



 愛子は、その光景を遠くから見つめていた。


 強くなれなかった自分が、そこにはいた。


 でも──


 誰かが手を伸ばしてくれる。


 それが、この世界にまだ残っている、ほんの少しの“救い”なのだと。


 涙があふれ、愛子はその場に座り込んだ。


 夜の風が、静かに髪を揺らしていた。



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