表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第三章 悪霊の女王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/50

忍び寄る影⑥

 東寺千春が「小さな願い」を知ったのは、クラスの人気者・木島かおりからだった。


「ねえ千春。この願い、試してみない? ほんとに叶うんだよ」


 茶色がかった巻き髪に、笑顔がよく映える。雑誌で見たこともある読者モデルのクラスメートが、そんな秘密を打ち明けてくれたのが、嬉しくてたまらなかった。


「紙に願いを書いて、枕の下に入れて寝るだけ。翌朝、紙が消えてたら……ね?」


 かおりは人懐っこくウィンクをして見せた。


 千春は戸惑いながらも、誘われるままにその夜、女子寮の自室で初めて“願い”を試した。


 ──『明日の朝、寝坊しませんように』


 何でもない、小さな願いだった。


 翌朝、紙はそのまま残っていたが、不思議とすっきりと目が覚めた。偶然かもしれない。だけど、それからというもの、願いは少しずつ、少しずつ変化していった。


 ◆


 最初は些細なことだった。


 ──『飯田さんが忘れ物をして、先生に怒られますように』


 ──『可南子とペアを組まないで済みますように』


 小さな不満、小さな嫌悪。自分でも「ちょっと意地悪すぎるかな」と思いながらも、叶ってしまうたびに、その誘惑は強くなっていった。


 かおりに報告すると、彼女は明るく笑った。


「そっか。叶ったんだ? 千春って、意外と才能あるかもね」


 そう言って頭を軽くポンと叩かれたとき、胸の奥がくすぐったくなった。かおりが褒めてくれるなら、もう少し願ってもいいんじゃないか──そんな風に思った。


 ◆


 千春の“願い”は次第にエスカレートしていった。


 ──『前の席の律子が風邪をひいて、早退しますように』


 ──『放送係の南条が失敗しますように』


 ──『大村がスピーチに失敗して、みんなの前で恥をかきますように』


 そのすべてが、叶った。


 理由は分からない。でも確かに、千春の目の前で、願った通りのことが起きた。


(本当に、あたしのせい……?)


 そんな罪悪感が、わずかに芽生えたこともあった。けれど、そのたびにかおりの明るい笑顔が、不安を吹き飛ばしてくれた。


「大丈夫。願ったぐらいで、全部千春のせいになるわけないじゃん」


 そう、言ってくれたから。


 気づけば、クラスのほとんどの生徒に対して、千春は“何かしら”の不幸を願っていた。


 ◆


 歴史のテストがある前日の夜。千春はベッドの上で、紙を前にしばらく悩んだ末──


 ──『明日の試験が、自分に解ける範囲になりますように』


 と書いた。


 紙を丁寧に折り、枕の下へ。そういえば、前回の試験で、友達の晴美に負けた事を思い出し、もう一枚紙を取り出し──


 ──『晴美の試験が失敗しますように』


 と、もう一枚のお願いを書いた。


 その夜、千春は二つの願いをしてしまった。


 一日一つまで。それは、かおりに言われた最初のルール。


(でも、どうせバレないし……)


 悪魔のささやきに負けたのは、自分だった。


 ◆


 試験の日。


 配られた問題用紙は、驚くほど簡単だった。まさに「自分に解ける範囲」の内容。


(やった……本当に叶った!)


 その喜びは、しかし長くは続かなかった。


 山岸晴美が、不意に顔をこわばらせて席を立った。静かな教室で、椅子を引く音がクラスメートの視線を集める。


「……なに、これ」


 その手から、何か紙のようなものが零れ落ち、ひらひらと千春の前に落ちた。


 千春はその紙を拾い上げ、見てしまった。その紙には、殴り書きの文字があった。


《晴美の試験が失敗しますように。──東寺千春》


 自分の願いと、自分の名前が書かれたその紙を、彼女は呆然と見つめていた。


 数秒後、目線が千春に向けられる。


「……これ、あなたが?」


 ◆


 教室が、静まり返った。


 千春の耳に届いたのは、椅子を引く音。振り返ると、教室の中は騒然となっていた。みんなの手には紙が握られていた。


 ──『前の席の律子が風邪をひいて、早退しますように──東寺千春』


 ──『放送係の南条が失敗しますように──東寺千春』


 ──『大村がスピーチに失敗して、みんなの前で恥をかきますように──東寺千春』


 ──『志保がグループ分けで余って孤独になりますように──東寺千春』


 ──『体育の授業で美月がビリになって、みんなの前で恥をかきますように──東寺千春』


 それは、千春が今まで願ってきた、すべての“願い”だった。そして書いた覚えがない自分の名前まで記載されている。


 その全てが、願われた本人の手に渡っていた。


「なんで、こんな……」


「最低」


「信じてたのに……」


 誰かが、そう呟いた。ざわつくクラスの中で、千春の周囲から、音が消えた。


 机の中、カバンの中、制服のポケット──どこから出てきたのか分からない。ただひとつ確かなのは、“すべてがバレた”という事実。


 ◆


 放課後、人気のない階段の下で、千春はかおりにすがった。


「ねえ……私、どうすれば……!」


 かおりは、くすりと笑っていた。


「ねぇ千春。私に何か願ったり、誰かに何か余計な事を言ったりしてないよね?」


「え……?」


 その言葉に、心が凍る。


「大丈夫だよね。だってね──私はもう、『千春が私に何か不利なことをしませんように』って、お願いしといたから」


 明るい笑顔のまま、かおりはくるりと背を向けて去っていく。


 誰よりも優しく、誰よりも冷たく。


 千春の頭の中に、何かが崩れ落ちる音が響いた。


 そんな二人の会話を、物陰から見つめる視線がある事に、最後まで二人は気が付かなかった。


 ◆


 その夜、寮の屋上。


 もう誰も信じてくれない。誰も助けてくれない。


 足元に広がる夜の闇は、どこまでも静かで優しかった。


 もしもやり直せるなら、もう一度だけ、誰かに──


 けれど、そんな願いは、もう叶わない。


 分かっている。全部自分が招いた事なのだと。かおりは切っ掛けに過ぎなかった。全ての願いは自分の中から出てきた言葉だったのだから。


 千春は、誰にも見られることなく、静かに屋上の淵からその身を投げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ