忍び寄る影⑤
久遠女学園中等部二年、木島かおり。
読者モデルとしての活動歴もある彼女は、クラスでもひときわ目立つ存在だった。だが、その内面では、別の種類の好奇心が渦を巻いていた。
──「小さな願い」。
それは、学園内で密かに広まりつつある、おまじないのような噂。
紙に願いを書き、枕の下に入れて眠ると、翌朝にはその願いが叶う──というもの。
かおりは既に、いくつかの願いが叶う様子を体験していた。そして、あることに気づき始めていた。
◆
「昨日の願い、どうだった?」
放課後、部室棟の廊下で、かおりは同級生の永山紅林に声をかけた。
紅林は、小柄で運動神経の良い子だ。テニス部のエースとして週末には練習試合で外泊していた。
「……ダメだったよ。全然叶わなかった」
「やっぱりね。寮じゃないと効果が出ないってことかも」
紅林の答えを聞き、かおりは心の中でひっそりと笑った。
実は自分も、週末に実家へ戻った際に、同じ方法で試していた。そして結果は同じ──何も起きなかった。
つまり、この“願い”が有効なのは、久遠女学園の女子寮内に限定されている。
さらに、これまで試してきた内容からも、願いにはもう一つ制限があることが分かってきた。
──物を手に入れることはできない。
例えば、「あのブランドの新作バッグが欲しい」と願ってみても、翌朝には何も変わらなかった。だが、「あの子がバッグを忘れてきますように」なら、なぜか本当にそうなった。
“物”ではなく、“事象”に対してのみ、願いは反応する。ただし、抽象的すぎる願いは叶わない。例えば特定の人に対する願いなら、その人物名を書かないと駄目といった具合だ。
そして──一日一回まで、というルール。
このルールだけは、最初から噂とセットで広まっていた。
「それ、破ったらどうなるのかな……」
かおりはつぶやくように言ったが、紅林は笑ってごまかした。
「さすがに怖くて、試せないよ。だって“罰がある”って……」
「ふぅん、そっか」
かおりは軽く笑って見せたが、その目は鋭く光っていた。
◆
今、かおりが最も注目しているのは、クラスメートの二人──山岸晴美と東寺千春。
彼女たちには、かおり自身が「小さな願い」のやり方を教えていた。
「願い、書いたら報告してね? どうなったか気になるし」
そう言って、さりげなく報告義務を課した。本人たちは、それを単なるお喋り感覚で受け入れているようだった。
でも、実際は違う。
かおりは、二人の願いの中身も、日付も、結果も、すべて把握していた。
それがなぜか。
──ルールを破った瞬間を、見逃さないためだ。
一日一つ。たったそれだけのルール。
だけど、欲が深くなれば──いずれ誰かが破る。
特に、東寺千春の方は危ない。最近は願いの内容もきわどくなってきており、「誰かの失敗を願う」ことが増えている。
罰則についての情報は、かおりは話していない。
むしろ、知らないままでいてくれた方が面白い。
(そろそろ……誰かが引っかかるはず)
もし本当に“罰”があるのだとしたら、それがどんな形で現れるのか。
誰かがルールを破った時、何が起こるのか──
その答えを、この目で見てみたい。
(……ねえ、ルールを破ったら、どうなるの?)
かおりは心の中で問いかけながら、冷たく微笑んだ。
願いは甘く、静かに人を蝕んでいく。
その“罰”の味を、知る日は近い。




