忍び寄る影④
気づけば、週末はもうすぐそこまで来ていた。
木島かおりは、部屋のベッドに寝転がったまま、スマートフォンを手に取り画面を眺めていた。
《要くんからラインがもう来ませんように》
その願いは、確かに叶った。
けれど──
(……なんで、叶ったんだろ)
彼女の好奇心が、ふつふつと顔を出し始めていた。
あのメモのせい?
まさか偶然?
もしかして、本当に何か“力”が働いた?
だとしたら──
「……気になる」
その一言が、かおりの指を動かした。
◆
《ごめん、最近どうしてた? ちょっと心配になって》
ためらいがちな文面で送ったLINEは、意外とすぐに既読がついた。
しばらくして、要くんから返信が届く。
《風邪ひいて寝込んでた。連絡できなくてごめんね》
添えられていたのは、寝巻き姿で体温計をくわえた自撮り写真。微妙にピンぼけしていて、ちょっと情けない顔。
「……なーんだ、風邪か」
ふっと笑って、かおりは胸をなでおろす。
誰かが意図的に止めたわけじゃない。事故でもトラブルでもない。ただ、風邪。
そう、ただの体調不良。
(なるほど、こうやって“叶う”んだ)
言いようのない納得感が、胸に広がる。
願いは、必ずしも奇跡みたいに叶うわけじゃない。
だけど、現実に即した形で、静かに、ささやかに──“そうなる”。
偶然か必然か、それは分からない。
けれど、叶った事実だけは、確かにそこにあった。
かおりは、口元に笑みを浮かべた。
◆
次の日、かおりはまた一枚の紙を取り出していた。
《明日の授業、全部当てられませんように》
昨日のように、メモを枕の下に入れて眠る。
そして朝。
その日、本当に授業では一度も指名されなかった。
しかも、英語の先生が急な用事で欠席。自習に切り替わったことで、課題も免除された。
「……やば。これ、ほんとにすごいかも」
心がざわつく。
けれど、それは恐怖ではなく、興奮に近かった。
まるで秘密の遊びを見つけた子どものように、かおりの胸は高鳴っていた。
◆
そこからは、早かった。
次の願いは──《食堂のカレー、甘口がいいな》
その次は──《朝のHRで当番が回ってきませんように》
さらに次は──《永山が髪型変えて、失敗しちゃいますように》
少しずつ、ほんの少しずつ、願いの内容は変わっていった。
最初は自分のため。
次は小さな得のため。
そして、気に入らない相手への、ちょっとした“いたずら”へ──
「ふ……ふふっ」
かおりは、誰もいない自室で笑う。
その笑みは、無邪気に見えたかもしれない。
けれど、その無邪気さの裏で、何かが少しずつ歪みはじめていた。
◆
本来なら──誰かの幸せを願うことに使うべき“祈り”。
けれど今、それは静かに、確かに。
“呪い”という名の闇へと、かおりの無意識を導きはじめていた。




