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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第三章 悪霊の女王

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忍び寄る影②

 中等部に、ひとつの奇妙な噂が静かに広がりつつあった。


 ──紙に願いごとを書くと、叶う。


 ただし、願いは一日一つまで。

 それ以上望むと、罰がある──


 最初は、誰もが軽い気持ちで試したのだろう。

 「雨がやみますように」「テストが延期になりますように」

 そんな些細で、誰にでもありそうな、願いごと。


 しかし。


(……やっぱり、あの紙から“念”が消えたのは偶然じゃなかった)


 教室の窓際。スケッチブックも開かず、腕を組んで考え込む佐藤愛子の顔は、どこかいつになく真剣だった。


 由美子の“願い”が叶った瞬間、紙に宿っていた強い“念”は、跡形もなく消えていた。

 まるで、どこかへ移されたかのように。


 そしてなにより──


(願いが叶ったあの瞬間、念は役目を終えたみたいに……すっと消えた)


 愛子は、ぽつりと自分に問いかける。


「……これ、もし他の人だったら、どうなるんだろう?」


 由美子のように、他人に願いの紙を見せる人間は稀だ。

 普通は恥ずかしさもあるし、願いが叶ったとしても、その事実をわざわざ他人に話すとは思えない。

 つまり──


(大半の“願い”は、人知れず叶い、人知れず消えてるってこと……?)


 そこに、不気味な空白があった。

 この噂が誰かの意図で広められていると仮定するなら──

 消えた“念”の行方にも、必ず意図がある。


(……願いを通して集められてる、“何か”がある)


 愛子の指先が、思わず震える。



 昼休み、食堂の隅。

 愛子は購買で買ったパンを手に、生徒たちの雑談に耳を傾けていた。


「あれ、マジだったんだよ。だってさ、先週“好きな人と席が近くなりますように”って書いたら──」


「わたし、プリント忘れたのバレませんように、って書いたんだけど、マジでバレなかったの!」


「えー、でもそれって偶然じゃない? そんなの当たるわけ──」


 生徒たちの声に、笑いと驚きが混じる。


 どれも些細な内容。だが、それゆえに、誰でも“試してみたくなる”。


 愛子はパンにかじりつきながら、そっと内心でつぶやいた。


(この子たち、ほんとに願いが叶ってるの……?)


 その中に、妙なことに気づく。


(“願いが叶った”って話してるのに、誰も“紙をどうしたか”は言わない……)


 書いた紙はどうしたのか? 捨てたのか? 取っておいてるのか?


 聞けばいい。だが、なぜかそれを誰も話さない。

 まるで、そこには“踏み込んではいけない領域”でもあるかのように。


(やっぱり、紙がカギ……)


 紙に宿った“念”が、誰かに集められているとしたら──?


(だとしたら……誰が? なんのために?)


 静かに忍び寄る疑念。


 それは確かな形を持たず、けれど愛子の中で、日に日に重みを増していく。


 そして、もう一つの“なにか”が──


 愛子の背後に、静かに近づきつつあることに、彼女はまだ気づいていなかった。



 その日の夜。


 布団に入った愛子は、スケッチブックも開かず、ずっと天井を見上げていた。


(あの人なら──解決できるんだろうか)


 脳裏に浮かぶのは、葵の姿。


 昼休みにベンチで笑っていた、柔らかい表情。

 戦っていたわけでも、誰かを救っていたわけでもない。

 ただ、友達と過ごすその穏やかな時間の中に──どうしようもなく惹かれるものがあった。


(……でも)


 愛子は、ぎゅっと掛け布団を握りしめる。


(わたしだって……やれるところまで、やってみたい)


 葵に頼りたい気持ちはあった。

 けれど、それ以上に──あの人のように、自分の足で真実に近づきたい。


(わたしの目で見て、わたしの手で確かめたい。……そうすれば、いつか……)


 その「いつか」が、何を指すのかは、まだ自分でも分からない。


 けれど、絵を描くように。

 胸の奥に、確かな何かが浮かび上がり始めているのを、愛子は感じていた。


(誰かの想いが勝手に使われるなんて、そんなの……わたし、見過ごせない)


 それは、まだ淡く、輪郭のぼやけた恋心。

 けれど──自分だけの答えを見つけたいという強い願いと共に、静かに、心の中で育ちはじめていた。




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