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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第三章 悪霊の女王

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忍び寄る影①

 朝の教室には、まだ誰の姿もなかった。


 久遠女学園中等部二年生、佐藤愛子は、制服のスカートを軽くはたきながら、一番奥の席に腰を下ろす。


 手に持ったスケッチブックを机の上に広げ、鉛筆を取り出す。


 モデルは、もう決まっていた。


 ――佐々木葵。


 あの先輩と出会ってから、もう何枚の絵を描いたか分からない。


 写実というよりは、心に残った光景を切り取るように。


 たとえば、あの図書館の午後。


 廊下を歩く葵の背中。


 図書館の中でふと見せた柔らかい表情。


 ふんわりと空間に浮かぶイメージを、そっと紙の上に下ろしていく。


 静寂の中、鉛筆の先が紙を走る。


 だがその時。


 ――ガラリ、と教室の扉が開いた。


「おはよー、愛子ちゃん」


「わわっ! ゆ、由美子ちゃん!?」


 驚いて振り向くと、笑顔のクラスメート、三輪由美子が立っていた。


 いつも明るくて、お調子者。人懐こい性格で、誰からも好かれるタイプだ。


「ご、ごめん。びっくりさせちゃった?」


「う、うん……ていうか、なんでこんな早く?」


「相談があってさー。……あ、もしかして今、絵描いてた?」


「え、あっ……うん。ちょっとだけ」


 ばつが悪そうに言う愛子に、由美子は悪びれもせず覗き込む。


「やっぱり、佐々木先輩だ。てかさー、それもう皆知ってるよ? 愛子ちゃんが毎朝ここで写生してるのも、モデルが“例の先輩”ってのも」


「えっ、うそ……」


「ふふ、隠してるつもりだった? かわいいねぇ」


 由美子の屈託ない笑顔に、愛子は顔を赤らめて目を逸らす。


「で、何の相談なの?」


「うん……そのことなんだけどさ。ちょっと変な話、していい?」



 二人で教室の隅に並んで腰掛け、由美子がそっと制服のポケットから小さな紙片を取り出す。


「これ……昨日の夜、書いちゃった」


 そこには、ボールペンの字でこう記されていた。


《明日の英語の授業がなくなりますように》


「え……」


「そう。あの“願いが叶う”ってやつ。紙にお願いを書いて、枕の下に入れて寝ると、次の日に叶うかもって──」


 愛子が紙に触れた瞬間、微かな違和感が指先を走った。


(……念?)


紙の表面に、まるで染み付くように残された“何か”の気配。


 愛子には“見える”力がある。


 母親譲りの、霊的な感応体質。


 特別な訓練を受けたわけじゃないけれど、強い感情や、残された想い──そういうものが、視えるのだ。


 由美子は少し気まずそうに笑いながら、続ける。


「今日の英語の授業、なくなればいいな~って。だって、ミニテストあるって言われてたじゃん? あたし、全然覚えてなくてさ」


「それで……この紙、どうしたの?」


「捨てようと思ったんだけど、なんか変に気になっちゃって……愛子ちゃん、ちょっと見ててくれない?」



 英語の時間になった。


 教室内に先生の姿が現れないことに、生徒たちはざわめき始めた。


 しばらくして、担任がやってきて言った。


「英語の鈴木先生ですが、体調不良でお休みです。今日は自習になります」


 ──その瞬間。


(……消えた)


 由美子から預かっていた紙から、あの“念”のような気配が、まるで最初からなかったかのように、すっと消え去っていた。

 まるで、果たすべき役目を終えたかのように、ふっと色褪せ、軽くなっていくのを、愛子は感じ取っていた。


(……これは、偶然なんかじゃない)


 誰かが、何かを広めている。


 この“願い”、そして“念”のしくみを、理解した上で。


 愛子は、ふと教室の外に視線を向ける。


 中庭の向こう、昇降口から続々と登校してくる生徒たち。


 笑い声と足音の中に、どこか異質な“気配”が混じっている気がした。


 小さな違和感。


 それが、ゆっくりと、しかし確実に広がっている。



 その日、愛子はスケッチブックを閉じ、筆を取らなかった。


 鉛筆より先に、感じてしまったからだ。


 あの紙の、静かで、不穏な“空白”を。


(……誰かが、念を集めてる?)


 ふと、肌を撫でるような、微かな寒気。


 どこかで、確かに何かが動いている。




 愛子の中で、ほんの小さな警鐘が鳴りはじめていた。



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