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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第一章 久遠女学園 女学生霊学研究会(K.G.S.)
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クラリスとつばさと、夜鳴き倉庫の怪

 久遠女学園の中庭。その隅にひっそりと建つ古い倉庫の前で、新倉つばさは首を傾げた。


「……また、聞こえた気がするんだけどなぁ」


 夕方の風が揺れる木々の向こうから、微かに子供の泣き声が届いたような気がしたのだ。だが、耳を澄ませても何も聞こえない。


 不安と好奇心が入り混じったまま、つばさが歩き出そうとした、そのときだった。


「きゃー! 運命の出会いっぽい予感〜♪」


 ひらひらとスカートを揺らしながら、ひとりの少女がつばさの前に現れた。


 その少女──桐嶋・クラリス・聖蘭は、すらりとした長身に、流れるような金茶色の髪、まるでハーフモデルのような顔立ちだった。


 制服の上着がピシリと張り詰めており、ボタンがいまにも悲鳴を上げそうだ。スカートは規定よりほんの少し短く、絶対領域がまぶしい。


 ──臙脂色のリボンタイ。


 つばさは、それを見てすぐに気づいた。


(あのリボン……玲子先輩と同じ色。ってことは、この人も二年生……!?)


 年上だとわかって、一瞬ひるんだが、それ以上に気になるのは彼女の言動だった。


「あ、あの……どちら様ですか?」


「ふふん♪ よくぞ聞いてくれました! 私は桐嶋・クラリス・聖蘭。この学園の平和を守る──K.G.S.の部長ですっ!」


「……K.G.S.って……」


 つばさは息を呑んだ。


「あの、秘密結社の!?」


「秘密結社言うな〜〜っ!!」


 クラリスは即座に突っ込んだ。


「そんな怪しい団体じゃないです! れっきとした、久遠女学園 女学生霊学研究会ですっ!」


「霊学……え? 本当にそんな部あるんですか?」


「あるんです! この学園に眠る怪異を解き明かす、選ばれし乙女たちの集い……」


 つばさはじりじりと後ずさる。


「ええと、信じたい気持ちはあるんですけど……なんか、言ってることが……」


「信用できない? ふふ〜ん♪ では証明してみせましょう!」


 クラリスはぐいっとつばさの手を取り、倉庫の扉を開ける。


「ここ、中庭倉庫ですよね? わたし、さっきまでこの中から泣き声が聞こえてたんです!」


「なるほど、そういうことなら、まさに今、調査開始ですっ!」


 扉を開けると、埃と古い木材の匂いが鼻をつく。中は物が積まれており、明かりも弱い。


「うーん、特に何も……」


 そう言いかけたつばさの目の前で、クラリスが足元のぬいぐるみを──


「──ふにゅっ」


 踏んだ。


「ちょっ、クラリス先輩!? 何踏んでるんですかっ!?」


「ごめん、気づかなかった……あっ」


 その瞬間。


 倉庫内に、かすれた子供の泣き声が響き渡った。


「……うぇぇぇ……ぐすっ……」


「……今、聞こえましたよね!? ねっ!?」


「だから言ったじゃないですかっ! さっきから泣いてるんです!」


「よしっ! ではまず、落ち着いてお祈りを──」


クラリスは胸元から十字架を取り出し、そっと掲げる。


「……おおいなる加護の元に、汝の迷える魂を──」


「やっぱり……クリスチャンだったんですね」


 つばさは納得したようにうなずく。


「って、除霊で十字架って、本当にやるんだ……!」


「うん、やるよ〜。あと仏教系もやるし♪」


「……え、え? 仏教!? どっちなんですか!?」


「だいじょーぶ、全部カバーしてるから!」


「なにその宗派の垣根ぶち破る系スタイル!? 万能型ですかぁ!?」


クラリスは十字架を握りしめ、目を閉じて唱えはじめた。


「オン……アロリキャソワ──」


「びええええええん!!」


 倉庫内に響き渡る泣き声。真言の音をかき消すほどのボリュームだ。


「も、もう、うるさくて真言が聞こえない〜!」


「いや、聞こえないのこっちですよ!? っていうか途中で止めないでくださいよぉ!!」


 つばさが全力でツッコむ。


「うーん……これ無理だわ〜」


 クラリスはあっさりと十字架をしまい、くるりと踵を返す。


「え、え!? クラリス先輩!? まさか……泣いてる子を放置する気ですか!?」


「違うってば! これは、一度引いて態勢を立て直すっていう作戦的なアレだよ? たぶん!」


「たぶんって言いましたよね!?!? 全然信じられないんですけどぉ!!」


 つばさの悲鳴のようなツッコミに、クラリスは苦笑してもう一度倉庫の中心へ。


「ふふ〜ん……じゃあ、ちゃんとやるね」


 クラリスは十字架を胸元にかかげ、そっと目を閉じた。


 先ほどまでの呑気な空気はそこになく、倉庫の空気がぴんと張りつめていく。


「──《神縁しんえん曼陀羅まんだら結戒けっかい》」


 囁くような詠唱の声が、倉庫の空間を震わせた。


 同時に、床の下からふわりと白い光が浮かび上がる。


 光は曼陀羅の紋様を描きながら、静かに、しかし確かな意志をもって広がっていく。


「これより、迷えるえにしを結び、癒し、還します……」


 クラリスの足元に光輪が現れ、それがゆっくりと回転を始めた。


 光は十字架を中心に、天と地を繋ぐように立ち昇り、やがて倉庫全体が淡い金色に包まれていく。


 不思議と風もないのに、つばさの髪がふわりと揺れた。


 息を呑む。


 さっきまでのポンコツぶりが嘘のように、クラリスは──神聖な“何か”の化身のように、そこに立っていた。


「オン・アロリキャ・ソワカ──」


 真言が唱えられた瞬間、倉庫内の空気が静謐に染まり、泣き声はぴたりと止んだ。


 しばしの沈黙ののち、ぽとり、と。


 ひとつの古びたぬいぐるみが、クラリスの足元に落ちた。


 その布地は、どこか名残惜しげに、微かに揺れていた。


 ──終わったのだ。


 静寂の中、つばさは倉庫の片隅に落ちた古びたぬいぐるみを見た。


「……もしかして、このぬいぐるみが依り代だったんですか?」


 クラリスはそっとそれを拾い上げ、微笑んだ。


「うん。この子、寂しかったのかもしれないね」


 その優しい横顔に、つばさは思わず見とれた。


(変な人だけど……なんだか、あったかい)


「ねぇ、あなた。K.G.S.に、来てみない?」


 その言葉が、つばさの胸に静かに響いた。


(……もしかしたら、わたし、また変な世界に踏み込んじゃったかも)


 ──こうして、“縁”の力をめぐる新たな日常が、少しずつ始まっていくのだった。

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