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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第三章 悪霊の女王

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小さな願い(前編)

 英語の授業中、窓際の席でペンをくるくる回しているのは──大滝涼子だった。


(今日もまた、本読んでる……)


 隣の席の佐々木葵は、きっちりノートを取りながら、ちらちらと教科書を確認している。無駄がなく、静かで、すこし冷たくも見える横顔。


(ちょっとでいいから、ボクと喋ってくれたらいいのに)


 そう思いながらも声をかけるわけにもいかず、涼子はノートの端に意味のない線を引いていた。


 そのとき。


「──Miss Otaki?」


 英語教師の声に、涼子がビクッとする。


「えっ、は、はいっ! わ、わたし?」


「ページを見なさい。Section Four, line three.」


「ラジャー……じゃなくて、イエス、ミス!」


 後ろの席からくすくすと笑いが漏れ、涼子はそっと視線を落とす。


(……ま、いいや。放課後、声かけてみよ)

 


 放課後。昇降口で靴を履き替える葵を、涼子が背後から軽くつつく。


「ねえ葵、今日ひまだったりしない?」


「え……?」


「ちょっと図書館寄ってこうよ。なんか、本でも探しながらしゃべりたい気分でさ」


「……本、探すのは私でしょ?」


「ばれた?」


 涼子が無邪気に笑うと、葵は小さく肩をすくめる。


「……いいよ?」


 その一言に、涼子はにんまりした。



 久遠女学園の図書館は、放課後には生徒たちの静かなざわめきが満ちていた。

 二人はカードを提示して入館し、書棚の間を並んで歩く。


「この時間、けっこう混んでるね」


「うん、人気の資料とかすぐ埋まっちゃうし……」


 そう答えながら歩く葵の横で、涼子が唐突に尋ねる。


「……ねえ、葵って、いつも授業の予習とかしてるでしょ?」


「え?」


「だって、ノートめっちゃ綺麗だし、先生の話もちゃんと聞いてるし。ね? 優等生ってやつ?」


「……そういうの、やめて?」


 苦笑気味に言われ、涼子は口を尖らせる。


「えー、褒めてるのに~」


「褒めてるように聞こえない……」


「うっ、それはボクの信用が低すぎでは……?」


 そんなやりとりをしながら、空いた閲覧テーブルを見つけて並んで腰を下ろす。


 そのとき、隣のテーブルから、女子生徒たちのひそひそ声が聞こえてきた。


「……でね、昨日、ほんとに願い叶っちゃったの。ちっちゃいやつだけど」


「えー、また“あれ”やったの?」


「うん。紙に書いて、枕の下に入れて寝るやつ。朝起きたら、ちゃんと廊下の電球が直ってた!」


「それは偶然じゃ……?」


「かもだけど、三回続いたら信じたくもなるよ」


 涼子が目を丸くし、葵と顔を見合わせる。


 さらに別のグループでも──


「ねえ、見て。席、空いてたでしょ?」


「うそ、ほんとだ。昨日お願いしたの?」


「うん。“明日はこの席に座れますように”って。そしたらちょうど今朝から空いたの」


「こわ……でもちょっといいかも」


 涼子が肘で葵をつつく。


「ねえ、流行ってるの? この“願い事”おまじない」


「最近よく聞くね。中等部から広まってるって」


「でもみんな、小さな願いばっかなんだな。恋が叶いますように、とか、成績アップとか。もっと派手なのあるかと思った」


「……小さいからこそ、叶いやすいと思ってるんじゃない?」


「なるほど。それなら──“葵が明日もボクと喋ってくれますように”とか?」


「……やめて?」


「そっちがやめてって言うの!? ひどっ!」


 そう言いながらも、涼子は嬉しそうだった。

 


 少し席を離れた掲示板の前に、ふと貼られていた一枚の紙に涼子の目がとまる。


 ──《願いは、一日一つまで。それ以上は、罰がある》──


「……変な張り紙だね」


 背後から覗き込んだ葵が、小さく言う。


「なにそれ、学園怪談っぽい」


「“給食のおかわりは一回まで”みたいなルール?」


「……ちがうと思う」


 二人で苦笑する。


 誰も、それがどこから来た張り紙なのかは気にしなかった。


 その日も、そんな他愛ない会話をしながら、涼子と葵は図書館の中をゆっくりと歩いていた。


 だが。


 ──気づかぬうちに、静かに入り込んでいた。


 まるで、空気のように気づかぬまま肺に入り込み、毒性を持った菌が細胞をひとつずつ侵すように。

 ほんの小さな歯車が、ゆっくりと、しかし確実に、ずれはじめていた。



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