外伝 となりの佐々木さん
チャイムが鳴っても、ボクの視線はノートの横──
隣の席でペンを走らせる、佐々木葵の横顔に向いてた。
彼女は今日も静かに、まっすぐ授業を受けてる。
無駄な動きはひとつもない。表情だってほとんど変わらない。
けどボクにはわかるんだ、今、彼女の心はきっとどこか遠くにある。
たとえば、夜の校舎。
たとえば、誰もいない教室。
そんな、普通じゃない場所のことを、佐々木葵はいつも考えてる気がする。
……だって、この前、見ちゃったんだよ。
放課後、誰もいない図書館の窓際で、ひとり何かを見つめてる彼女を。
声をかけようと思って足を止めたけど──できなかった。
空気が違った。
そこにいたのは、ボクの知ってるクラスメイトの佐々木葵じゃなくて──
もっと、強くて、孤独で、凛とした、誰かだった。
ねえ葵、キミって本当は、どこで、何してるの?
……なんて。聞けるわけないよね、そんなの。
だけど、だからこそ──ボクは、
こうやって“隣にいる”ことに、こだわりたくなるんだ。
授業中、わざと小声で話しかけるのも。
廊下で不意打ちのハグを仕掛けるのも。
朝、後ろから抱きついて驚かせるのも。
全部、ボクなりのちょっかい。
いつか、キミの秘密に少しでも近づけたらって思って。
……あ、いま眉をひそめた。ボクの声、聞こえたかな?
でも、すぐにペンが止まって、彼女がこちらをちらりと見た。
「……涼子、静かにして」
うん、それでいいんだ。
その一言で、今日もいつもの関係が続いてるって思えるから。
それだけで、十分。
ボクはきっと、今日も機嫌よく過ごせる。
◆
放課後、昇降口にて
教室を出ていこうとする彼女の背中に、思わず声をかけた。
「ねえ葵、今日はさ──一緒に、寄り道しない?」
一瞬、彼女が振り返る。
その顔に、いつもの無表情じゃなくて、ほんの少し、柔らかな笑みが浮かんだ気がして。
(……うん、それだけでいい)
今日も、隣にいられることに、ボクは小さくガッツポーズを決めた。




