外伝 クラリスは見ていた
夜の旧校舎裏――「夢結びの花壇」。
わたしは木陰に寄りかかって、のんびりとその様子を眺めていた。
下級生がふたり、こそこそ歩いてくる。
七瀬麻衣と中峰陽子。
(まったく。また怪異に首を突っ込んでるんだもん。危ないって分かってないのかな~)
月明かりに浮かぶ七色のつぼみ。
“つぼみ様”――願いを拒まれた者から、いちばん大切な縁を奪う怪異。
遊び半分で触れるような存在じゃない。
(よりにもよって麻衣ちゃんが選んじゃいけない相手なんだけどな~)
◆
「クラリスお姉さまに認められたい! そのために願うの!」
花壇の前で堂々と叫ぶ麻衣。
(うわ~、正直すぎる! いや、可愛いっちゃ可愛いけど、怪異の前でそれ言っちゃうんだ~?)
十二時の鐘が鳴る。麻衣が水を注ぐ。
けれどつぼみは開かず、黒く濁っていった。
根が地面を這い出し、ふたりの足を絡め取る。
「ま、麻衣……! 咲かないよ! やばいって!」
陽子が叫ぶ中、麻衣は必死に声を張り上げる。
「いいわよ、つぼみ様! 奪えるもんなら奪ってみなさい!
でもね、わたしは“願って”なんていない! クラリスお姉さまに認められるなんて、“勝手に憧れてるだけ”なのよ!」
(……いやいや。そんな屁理屈で怪異が納得するわけないでしょ~)
けれど、黒い光がわずかに揺らぐ。
(えっ……効いてるの~? 嘘でしょ?)
◆
でも揺らぎは一瞬。
根はさらに伸びて、麻衣を丸ごと呑み込もうとする。
(やっぱり。屁理屈で押し通せるほど甘くないよね~)
わたしは軽く息を吐いて、縁力を紡いだ。
《縁封結儀》。声もなく、小さく、小さく。
黒い根を縛るように縁を編み込んで、怪異の力を抑える。
その上で、心の中で囁いた。
(ねえねえ、つぼみ様? わたしと取引しよっか~。あの子から縁を奪う代わりに、わたしの力を少し分けてあげる。
それで満足して、帰ってくれないかな~?)
黒いつぼみが脈打ち、やがてしおれていく。
納得したみたいに。
その間も麻衣は必死に叫んでいた。
「クラリスお姉さまに“勝手に想ってる私”を、怪異ごときが消せるもんなら消してみろぉぉ!!」
――そして、つぼみ様は光を散らして消滅した。
(……ほんとに消えちゃった。麻衣ちゃん、自分の屁理屈で勝ったって本気で思ってるんだろうな~)
◆
根から解放され、へたり込む麻衣。
陽子が呆れたようにつぶやく。
「……麻衣ってさ。ほんとバカなのに……時々だけ、すっごくかっこいいのなんで?」
「ふっふっふ。これが恋する乙女パワーよ!」
「いや、ただの屁理屈だから!」
わたしは木陰で肩をすくめた。
(ほんと危なっかしいな~。放っておけないんだよね~)
◆
翌日。
花壇で手入れをしていると、麻衣がやってきた。
顔を真っ赤にして、きらきらした目で、もう犬みたいに落ち着きがない。
わたしは苦笑して、声をかける。
「花壇のお世話、手伝ってくれる~?」
「は、はいっ!!」
全力で返事をする麻衣を見て、わたしは小さく笑った。
(最悪な対応で最悪な結果を呼びかけて、それでも最後まで自分の言葉で叫んでた。
ほんとに面倒な子だけど……まあ、可愛い後輩だよね~)
花壇に風が吹いて、花弁が揺れた。
わたしは微笑みながら、手元の花を整え続けた。




