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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第二章 封縁乙女・佐々木葵

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外伝 迷いの迷宮と、わたしの答え

 朝の教室。

 隣の席で陽子が笑っているのを見て、わたし――七瀬麻衣は思わず目をこすった。


「……陽子? 顔色、めっちゃ良くない?」


 昨日まで青白くて、保健室に駆け込むんじゃないかと心配していたのに。

 今日は頬がほんのり桜色で、目元まできらきらしている。


「え、えへへ……そうかな?」

「そうかな、じゃないわよ! 昨日までふらふらだったじゃん!」


 言いながら、わたしの脳裏にある人物が浮かぶ。昨日、陽子のことをお願いした――


(美海お姉さま……!)


 黒薔薇のゴスロリ、断罪者。わたしが頼んだ翌日にこの回復ぶり。つまりこれは――


(ま、まさか……陽子と美海お姉さま、なにか“あった”!? いけない一線を――!)


 背筋に雷。頭は真っ白。心は真っ赤。


(う、うらやま――じゃない! ちがう! でも……でも! わたしだって、いつかは……クラリスお姉さまと!!)


 鼻息荒く決意しつつ、わたしは机の上に拳をぎゅっと握った。

 そのまま帰り道、足は自然と花壇へ向かっていた――。



 校舎裏へ続く中庭の小道を、わたしは小走りに進む。

 ――の、だが。


(あれ? こんなに長かったっけ)


 右手に寄宿舎の白い壁、左手にツツジの植え込み。いつも見ている景色なのに、二歩進んでも三歩進んでも、花壇の角が曲がれない。

 空の色が、さっきより橙いろいろしている。昼だったはずの光が、夕方へと傾いていく。


「ちょっと待って……お日さま、さっきあっちだったよね?」


 足を止めて振り返ると、校舎が遠い。さっきまで背にしていたはずの壁が、薄い靄に包まれている。前に進んでも、戻っても、距離感が合わない。


 やがて――ふっと、景色がたわんだ。


 目の前に広がるのは、花壇……の、はず。

 けれど土は固く乾き、銅のプレートは緑青をふき、ベンチの木は灰色に風化して、花は色あせている。

 ――何十年、時が過ぎたみたいに。


「……ここ、どこ」


 喉の奥が冷たくなる。

 そして、耳元でささやくような声がした。


『ようこそ、迷いの迷宮へ』


 ぞわり、と腕に鳥肌。


(迷いの……迷宮?)


 学園の七不思議――怪異調査ノートの片隅にあった噂が脳裏をよぎる。

 悩みや迷いを抱えた者を取り込み、出口のない回廊を延々さまよわせる、やっかいな怪異。

 そこから抜け出す唯一の方法は――


『自らの迷いに、答えを出すこと』


 声が重なるように、花壇の奥から足音が近づいてくる。



「遅かったじゃない、麻衣」


 振り向くと、ふわりと黒いレースが揺れた。ゴシック・ロリータ。紅の瞳。

 神薙美海――……の、姿をした“誰か”。


 胸がぎゅっとなる。けれど、違和感もある。美海お姉さまは、こんなふうに人を見下ろす眼をしない。


「陽子は、やさしく抱きしめられて、とても安心したらしいわ。あなた、羨ましいのでしょう?」


 喉がひゅっと鳴った。

 昨日、陽子はたしかに――「あったかくて、安心できた」と言っていた。

 わたしの頭の中で、いらない想像がぶわっと膨らむ。


(や、やめて……! そのワードはよくない! 妄想が爆ぜる!)


 ――爆ぜる前に、深呼吸。

 冷静になれ、七瀬麻衣。これは“迷宮”。わたしの迷いを餌に、像を作って揺さぶってくる。


「……美海お姉さまは、陽子を助けてくれたんだよ」


 わたしの声は自分でも驚くほど低かった。

 黒い“美海”の唇が、毒花のように弧を描く。


「助けた先に“奪う”こともあるのよ。あなたは、取られたんじゃなくて?」


「――!」


 胸の奥で、ちくり、と痛む。

 羨ましいとか、悔しいとか、情けないとか。ぐちゃぐちゃの感情が、足元の影を濃くする。


「でも、取られてない」


 言葉が出た瞬間、影がわずかに薄くなった。

 口にした自分が一番驚く。だけど――本当にそうなのだ。


「わたしは、陽子に『美海お姉さまに相談しよう』って言った。陽子は、助かった。……それでいいじゃん」


 黒い“美海”が瞬きをする。

 遠くで、風に擦れるレースの音がした。


「でも羨ましいんでしょう? あなたも抱かれたい。“お姉さま”に」


 図星すぎて、心臓がひっくり返る。


(羨ましいに決まってるじゃん!!)


 ――でもそれは、誰かから奪って手に入れるものじゃない。


 わたしは花壇の、色あせたプレートに手を置く。冷たい。

 ここは“迷宮”。なら、答えを出すのはわたしの番だ。


「わたしは――」


 言葉を選ぶ。胸の奥、絡まっていた糸を、ゆっくりほどく。


「わたしは、陽子の幸せを見たい。

 そして、いつか……クラリスお姉さまの隣に、堂々と立ちたい。

 妄想じゃなくて、努力で。足で。――“わたし”のままで」


 黒い“美海”の輪郭が、すうっとほどけていく。

 ベンチの灰色が木の色に戻り、枯れた花弁に春の色が差して、空の橙は澄んだ青へと変わった。


『答えを得た者、ここから出でよ』


 音もなく、迷宮はほどけた。



「――麻衣? どこ行ってたの?」


 気がつけば、いつもの花壇。

 陽子が笑顔で立っていた。頬は健康的なピンク色。目はまっすぐ。


「え、えっと……ちょっと、散歩。迷子になってただけ」


「迷子って、花壇で?」


 笑う陽子に、わたしもつられて笑ってしまう。

 胸の奥が軽い。なんだ、答えを口にするって、こんなに効くんだ。


「……ねえ、麻衣」


「ん?」


「昨日のこと、ありがと。――美海お姉さまにも、ちゃんとお礼言わなきゃ」


 陽子がぱあっと笑う。その笑顔で、また胸が温かくなる。

 わたしは空を見上げた。青がまぶしい。


(よし。妄想はほどほどに、努力を増やそう。クラリスお姉さまに、笑ってもらえるくらいに!)


 ぐっと拳を握りしめた、その瞬間――


「麻衣ちゃん?」


 背後から、鈴のような声。

 振り向けば、絹のような金髪。柔らかい微笑。

 ――K.G.S.部長、桐嶋クラリス聖蘭先輩が、花束を抱えて立っていた。


「花壇のお世話、手伝ってくれる? ついでに、あなたの“努力”の話も、聞かせてほしいな~?」


「は、はいっ!!」


 心臓が噴火。顔がコンロ。

 でも、足は前へ出た。妄想じゃなく、わたしの足で。


 クラリスお姉さまの隣に並ぶ。陽子が笑って手を振る。

 風がフリルを揺らし、花壇に新しい香りが満ちた。


(迷いの迷宮――攻略完了。次のクエスト、“努力の積み重ね”!)


 そんなふざけたモノローグが頭に浮かんで、わたしは自分でちょっと笑ってしまった。


 ――そして、心の中だけで小さく叫ぶ。


(でもやっぱり、クラリスお姉さま、尊い~~~!!)



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