外伝 エレベーターは『9階』へ
今日は待ちに待った日曜日! 久しぶりに週末は寮から実家に戻りゆっくりと過ごした!
テスト勉強もバッチリ終わったし、洗濯も終わらせたし、弟のスマホも勝手にロックかけたし(←理由は聞かないで)、もう完璧!!
「ってことでっ、ショッピングですっ!!」
わたしの名前は新倉つばさ。
元気爆発! 玲子先輩大好き! 運動神経抜群で、成績優秀!(ウソです)。
今日は久々の私服デパートDAY。玲子先輩とは別行動だけど……LINEはしてるし、最終的に合流できたらいいなーとか、なんとか。
《つばささん、そこの雑貨店で「結界札が貼られた湯呑み」が売っていたという噂があるので確認を》
先輩、情報の仕入れ先がマニアックすぎませんか!?
わたしは普通にカワイイ靴を買いに来たんですけどっ!
そんなやり取りをぽちぽちしながら、エレベーターに乗り込んだ。
スマホを見ながら……うっかり、階数ボタンを押し忘れた。
「あっ……ま、いっか。すぐ降りるし」
そう思った瞬間、エレベーターが、ガタンと音を立てて止まった。
(……え?)
扉はまだ開かない。
どこかの階に着いたのは間違いないけど――どこ?
天井の表示パネルに目をやると、赤い数字が一つ。
「9」
(……え? えっ!?)
このデパート、確か「地上7階+屋上(8階)」のはず。
9階なんて……ないよね?
「え、ちょ、待って待って!? え、どこ?9階!? え!?」
慌ててスマホを見た。LINEはまだ玲子先輩とのトーク画面のまま。
《先輩、やばいですっ!! このデパート、9階なんてありませんよね!?》
送信。すぐに既読。……さすが先輩、速い。
《落ち着いて。扉はまだ開いてないわね?》
《はいっ! でも開きそうです!!》
《絶対に出てはダメ。そこは忌み数の階層「存在しない階」――生者が踏み入れてはならない錯誤の階層》
「さ、さくご……?」
《認識の隙間に生じた空間。目的階を押し忘れた時、稀に呼ばれることがあるわ》
なんでそんなピンポイントで解説できるんですか玲子先輩!!
もうプロどころか、異界対応のカスタマーサポートじゃないですかっ!
《このまま数秒後、扉が開くわ。外から案内役の女性が話しかけてくるけど、絶対に、返事をしてはだめよ?》
「……返事、しちゃダメ……!」
《彼女はエレベーターガールじゃないわ。ただ……自分の身代わりを探しているだけよ》
「こわいこわいこわいこわい~~!!」
そうしているうちに――
カン、という金属音と共に、エレベーターの扉が……ゆっくりと、開いた。
……ドアの向こうは、真っ白な廊下。
人の気配も、音も、匂いも、なにもない。まるで世界が壊れたあとみたいな静けさ。
そして――
「お待たせしました。9階・ご案内いたします」
女の声。ドアの前からだ。
でも、顔は見えない。黒い帽子に、赤い制服に、白い手袋だけが見える。
「エレベーターの中は、暑そうですね。よろしければ、こちらへどうぞ?」
ぞわっとした。心が、脳が、勝手に応じなきゃって思わされる感じ。
《つばさ、カバンの中の鏡か――スマホの画面の反射を使って、「扉の向こう」を映して》
反射……? と、思いながらも、言われたとおり、手に持っていたスマホの画面をそっとエレベーターの扉の方に向けてみる。
画面に映ったのは――
血まみれのスーツ姿で、口が耳元まで裂けた女。
スマホの画面越しに、にたりと笑って、こちらをじっと見つめていた。
「ぎゃああああああああ!!」
反射的に、閉まるボタンを連打する!!
「閉まれ閉まれ閉まれ閉まれ閉まれ~~~っ!!」
《――ああもう、見ただけでパニックにならないで!!》
スマホ越しに玲子先輩の怒った声が脳内で再生される。
《反射を通せば、霊の「本当の姿」が判別できる。今のは、霊が一番つばさが怖がる姿を見せていただけ。扉の向こうにいるけど、こちらには入ってこれない状態よ》
え、そ、そうだったの!?!?!?
《霊は、直接見てしまうと取り憑かれやすくなるけど、反射を使えば覗き返すことができるのよ。今の視認で、わたしの術の狙いが定まったわ》
「そ、そんな大事なことは先に言って~~~~っ!!」
《ごめんね? わざとじゃないのよ?》
いや絶対わざとですよね!? 玲子先輩のいじわる!!!
――そのとき。
スマホの画面越しに、女の手が、ゆっくりと伸びかけてきた。
血で濡れた指先が、光の反射でヌルリと光っている。
ぞくり、と背中を何かが這うような感覚。
やばい、これ……本気で入ってこようとしてる!?
そのとき、スマホの画面が一瞬ピカッと光った。
ディスプレイの奥から、薄紫色の光が浮かび上がるように広がって――霊の手に、パチンと火花のような反応が走った。
これ……玲子先輩の縁力だ。
玲子先輩、もうあの時点で狙い定めて、発動してくれてたんだ……!
術の詠唱も聞こえない、でも確かにスマホの向こう側から、あの人の力が流れ込んできた。
先輩は今、ここにいないのに。
なのに、ちゃんと、守ってくれてる――
その瞬間――
ガチャンッ!!
エレベーターの扉が、音を立てて閉まった。
……沈黙。
空気が、すうっと軽くなる。
なにかが、切れた。追ってくる気配も、もうなかった。
エレベーターは音もなく、ゆっくりと元の階へ戻っていく。
スマホが震える。玲子先輩からのメッセージ。
《正式な手順ではないけど。よく耐えたわ。あなた、意外と根性があるのかしらね?》
「意外とって何ですかっ!?」
でも……ほんのちょっとだけ、うれしかった。「よくやったね。つばさ」って、そう聞こえた気がする。
――と、次の瞬間。
エレベーターが1階に着いた。もちろんわたしは泣きながら飛び出した!!
非常階段のドアを全力で押し開けて、そのまま振り向かずにいっきに駆け上がる!
無理っ!もう無理無理無理っっ!!
心霊スポットに行くとかじゃない、日常に潜んでるタイプの怪異がいちばん無理なんですってばーーーっ!!
その日の夜。
《つばささん、あの9階は「答えを出さなかった者」だけが無事に戻れる空間でなのよ。また9階に行ってしまっても、質問に答えないように注意しなさいね?》
《はいぃぃ、もう絶対1階以外使いませんぅぅ~~~!!》
《それより、今日の靴は買えたの?》
《それどころじゃなかったですっ!!》
《それじゃ、湯飲みは?》
《それどころじゃなかったですっってば!!》
……でも、ちょっとだけ嬉しかったのは。
先輩が「ちゃんとLINEで見ててくれた」ってこと。
わたしがどこにいても、何してても、ちょっと気にしててくれる。
(……先輩。やっぱ、すき)
次の放課後、今度は一緒に買い物しませんか?
もちろん――階段で移動ですけどね!!




