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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第一章 久遠女学園 女学生霊学研究会(K.G.S.)
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外伝 火ノ玉は、先輩の隣でみるものです

 女子寮の夜は、意外と静かだ。


 ──と言いたいところだけど。


 今夜の私の部屋の前には、寮生のざわめきと、噂話と、そして……ちょっとした怪談の匂いが漂っていた。


「火の玉、だってさ」 「さっき、東棟の三階の窓の外に浮かんでたって」 「誰もいなかったはずなのに、ふわ~って動いてたらしいよ」


 部屋着姿で井戸端会議している上級生たちの横を、私はするりとすり抜ける。


 そして──スマホを握りしめ、あの人の部屋の前にぴたりと立った。


「せんぱいっ、玲子せんぱぁ〜い!! 聞きました!? 火の玉ですよ、火の玉!!」


「……夜中に騒がないで。まったく」


 しばらくして扉が開き、大杉玲子先輩が寝間着姿で現れた。


 シルクのガウンに包まれた姿、ほどいた長い黒髪が肩に流れ、ふわりと紅の香りが漂う。


 そのあまりの美しさに──


「……ッッッ!!(尊)」


「なにその反応」


「いや、ちょっとその、想定してた百倍くらい、破壊力が……」


「とりあえず、廊下で正座。今すぐ」




 私は、新倉つばさ。実家は学園から徒歩十五分のところ。


 でも、あえてこの全寮制のお嬢様学園の寮に入った理由。それは──


「玲子先輩と、少しでも長く一緒にいたいからに決まってます!!」


「その情熱、少しは勉強に向けたらどう?」


「だって! いつ何時、怪異が出るかわかんないじゃないですか! すぐそばにいないとっ」


「ふぅ……まあ、今夜の件は、確かに気になるわね」


「やっぱり、もう調べてたんですか?」


「火の玉現象は、念残り、動物霊、熱感の残滓など多くの要因が絡むけど……今回のは、“祈念(きねん)”の痕跡が強い」


「きねん?」


「誰かが、“ここに残りたい”って強く思いながら、この寮を去った。その感情が、この形になったのよ。未練の残滓──つまり、縁ね」


「え、それって……帰りたいのに帰れないってこと?」


「そう。執着の強い縁は、霊的な干渉を引き寄せやすい。もしかすると……対象は、あなただったりしてね?」


「ひぃぃ、やめてください先輩っ、怖いモードの顔〜!!」


 と、そんなことを言っていたそのとき。


 窓の外を、ふわりと橙色の光が通り過ぎた。


 ──火の玉だ。


「来たわね。行くわよ、つばさ」


「え、えっ、今から!?」


「嫌なら、置いていくけど?」


「ぜったい行きますっ! 玲子先輩となら、どこへでもっ!!」




 火の玉は、寮の東棟の裏手にすうっと吸い込まれていった。


 そのあとを、玲子先輩と私は静かに追いかける。


 火の玉が消えた先は、小さな植え込みの前だった。


「……ここね」


 地面を軽く調べた玲子先輩が、すぐに何かを見つける。


 それは──古びたアルバム。


「これ……思い出の品?」


「寮生活の記録みたいね。写真に、寄せ書き、手紙。恐らく、卒業を前に寮を去った誰かが、忘れられない思いをこの場所に託したのよ」


「思い出をこんな所に残していくなんて、どんな事情があってんだろう。忘れたかったのかな……それとも、忘れられるのが怖かったのかな」


「……たぶん、後者ね。この寮にいた時間を、形にして残したかった。だから、祈った。忘れないでって」


 玲子先輩は、そっと片膝をつく。


 そして、その手の中にひときわ静かに光る、ひと振りの紙片を取り出した。


「──《縁封結儀(えんふうけつぎ)静灯(せいとう)いのり》」


 詠唱と共に、彼女の周囲に淡く白い光が集まる。


 空気が澄み、柔らかな金の輪が浮かび上がる。


「祈りを結ぶ。願いの灯を、静かに還す……。今こそ、心の縁を解き放て──」


 その瞬間、空間に漂っていた火の気配がふわりとほどけるように消えていった。


 ──もう、火の玉は現れなかった。


 でも、その夜。


 ある寮生が夢を見たという。


 廊下を歩くひとりの女の子の姿。


 手には、あのアルバムを抱えて。


 そして、静かにこう呟いた。


「もう、大丈夫だよ──」




 翌朝。


 私は、また玲子先輩の部屋に突撃していた。


「せんぱ〜い♡ 昨晩も最高にカッコよかったです〜〜っ!」


「……うるさい。人の貴重な睡眠時間を返して?」


「じゃあお詫びに、今夜一緒に寝ますねっ!」


「は?」


「ベッドが狭いなら、マットレスでも床でも大丈夫ですっ!」


「そういう問題じゃないって言ってるの」


 ……なんて怒られながらも。


 先輩が、ちょっとだけ笑ってくれたから。


 ──今日も、私は元気です。


 寮生活って、最高ですね!

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