マイレディの為ならば
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ザルツ王国で、その日生まれたばかりの王女が誘拐された。
必死に捜索するも手がかりはなく、共に消えた乳母が疑われた。
しかし、犯人からの要求もないまま事件は迷宮入りし、乳母の単独犯として、他の関係者は罪に問われなかったと言う。
王妃ホワイトは悲嘆から体調を崩し、起き上がれないほど衰弱した。その時から側妃であったマリエッタが表舞台に立ち始め、王妃は姿を見せなくなった。
◇◇◇
ルクラヴェ帝国の城内の一室から、今日もドタドタと走りまわる音と楽しげな声が聞こえる。
「ソフィールさま、ちゃんと服を着てください。
お風邪をひきますよ。
ほら、両手を挙げて。はい、バンザーイですよ。
ああ、偉いですわ」
「きゃー、ろーずにほめられたの~」
掌を叩いて喜ぶ幼女は、満面の笑みで年若い侍女に甘えている。
水色の髪とエメラルドの瞳を持つ、もっちりしたその幼女はこの国の第五皇女だ。キャーキャーと賑やかで、愛らしい3歳児。
共に付き添い侍女として遣えるローズはまだ10歳で、乳母アンネの妹の娘だ。ローズが赤ん坊の時にアンネの妹スズランが死に、アンネが引き取って育ててきた。
その後にソフィール皇女が生まれ、自分の息子ルシャリと共にローズも入城することになった。
何故ならアンネの夫は国の外交で長期出張中であり、主人不在の場所に彼女を置いて行けなかったからだ。
アンネは城に一室を与えられ、そこでルシャリとローズと暮らす。ここまで厚待遇なのには、勿論訳があった。
◇◇◇
本来ローズの入城は異例であるが、彼女はルシャリの育児を手伝いながら、姫の侍女達から教育を受けていた。それは侍女達の単純な好意だったが、学ぶことが好きなローズはスポンジのように吸収し、それは女帝も知るところとなる。
傍にいることでソフィールがローズに懐き、後を追うようになって来た為、将来の侍女候補として正規の指導を受けるようになった。
弟のルシャリは護衛騎士と成るべく剣技を開始するが、その頃既にローズが騎士と負けずに打ち合っているのを見て驚愕する。
「姉さま、格好良い! すごい!」と目を輝かせた。
シスコンの片鱗は此処がスタートだったらしい。
普通の侍女は騎士と訓練などしない。けれどソフィールの下に残るなら、アンネに並ぶような技能が必要だと感じていた。
『詳しい出自がわからない自分には、ただの侍女にはなれない』と、理解していたからだ。
ルシャリが5歳になる頃に父親のピサロが本格的に外遊から戻り、アンネとルシャリは伯爵邸から通いで城へ来ることになったが、ローズは城に留まり侍女見習いを続けることになった。
その際ルシャリはごねた。
「姉さまも一緒に帰りましょう」と。
だがそこを引き留めたのが、ソフィールだ。
「駄目、ダメ、だめ。ローズは此処にいるのよ」
「何でだよ、僕の姉さまだぞ!」
「だってローズは私の侍女だもの」
「まだ子供なのに?」
「12歳ならもう大人よ。それに私の侍女になれば、将来安泰よ。フフンッ」
なんて不毛な話をしている頃、アンネはこれからのことをローズに確認していた。スズランが書き残した全てを、この時彼女に打ち明けた後に。
「無理しないで、ローズ。貴女は自由に進路を決めなさい。私と同じ道を辿らなくて良いのよ」
「いいえ、お母さま。私の命は亡き母と貴女から得たものです。……それに私は、この仕事を続けたいのです」
アンネは愁いを帯びた表情で彼女の言い分を聞いていたが、決意は固いと悟る。
「そう。でもね、ローズ。一度踏み込めば戻れないのよ。貴女はまだ引き返せるわ」
最後に尋ねるも、返事が変わることはなかった。
「いいえ、お母さま。もう決めましたので」
「わかったわ。じゃあ、しっかりね」
「はい」
意思を貫く返事に、迷いはなかった。
自分の出自に戸惑いはあったが、聞けたことでスッキリしていた。
そこからローズは、本格的な教育を受けていくことになるのだ。
◇◇◇
ザルツ王国では、第二王女となる側妃の子が幅を利かせていた。
奇しくも拐われた第一王女と一月遅れの生まれである。
「お母さま、私新しいドレスが欲しいわ」
「あらっ、良いわね。お揃いにしましょうか?」
「わあっ、素敵ね。指輪も良いかしら」
「勿論よ。お父さまも貴女が大好きだから、きっと賛成なさるわ」
「フフフッ、嬉しいわ」
城内には、時々真しやかな噂が流れていた。
「王女の誘拐は国王の指示ではないのか? 実際に継承権は生まれ順だ。大きな声では言えないが、マリエッタさまを溺愛している国王は、彼女の為に行動したのではないかとの話しを聞いたことがあるぞ」
飲み屋で不意に出た言葉に、周囲を見渡して城の関係者がいないかを確認してから言葉を紡ぐ。
「ああ、それは俺も聞いたことがある。王妃の懐妊が側妃より早かったことで、国王はさんざん言葉でなぶられたそうだ」
「やはり実際に不穏な様子があったのだな」
「まあな。でもそれと実際の話が繋がるとは限らないが」
「ああ、それはそうだ。だが、第二王女のバージニアさまは甘やかされて酷いそうだ。その後にお子も出来ないし、将来はあの方が女王だと思えば不安が過る」
「そうだな。ホワイトさまは表舞台からは去り、裏方の公務しかしていないそうだし、懐妊なんてすることはないだろう」
「当然だ。また誘拐されてみろ、今度こそ正気じゃいられなくなる」
「お可哀想に。彼女には好いた男もいたのに、先王が無理やり王命で娶わせたのだろう? 優秀なホワイトさまに国を託したかったのだろうな」
「公務が回っているのは彼女のお陰だろう。まさに人身御供のようだ」
「ああ、本当に。何故敬わないのだろうな国王は。あんなに素晴らしい方は、そうそういないのに」
実際に国政を回しているのは王妃だった。
国王にも側妃にも、政務能力はないように思われていたが、若かりし頃から何も変わらないならそうなのだろう。
語学が出来ないから外交も出来ない、王都から離れたくないから視察もしない。陳情書や嘆願書を読むことさえしないし、会議でも集中出来ず欠席も多い。
それでいてマリエッタは、社交パーティーや夜会は開きたがるし、宝飾品やドレス・服飾には目がない。今はバージニアもそれに加わり散財ざんまいだが、国王がそれを許している。
パーティーだって自分で手配できず、以前はホワイトに依頼していたが、政務が多忙で出来ないと断れば国王も共に怒り狂っていた。
「何故従わぬ。王に忠誠を尽くすのが、お前の存在意義だろうが!」
しかしそこで宰相が止めに入る。
「今王妃さまに抜けられれば、国の運営が滞ります。夜会などはそちらで手配ください!」
代々国を支えてきた宰相に、叱責を受ければ黙るしかない。さすがのマリスにも彼が居ないと国が傾くだろうことだけは理解していた。
「くそっ、もう行く」
「ええっ、マリスさま。夜会はどうしたら良いのです? もう、本当にホワイトさまって意地悪ね。貴女なら簡単なことでしょ?」
悪態を突いて去っていく二人に、周囲は渋面を浮かべる。
先王さまがご健在であれば、もっと何とか出来るのに。
その後マリエッタは侍女に準備させ、不備があれば責めることを繰り返していた。マリエッタに運営能力はなく、かと言って一介の侍女が仕切ることなどは到底困難である。侍女には侍女の業務もあり、大々的なパーティーなどをしたことがないからだ。ホームパーティーとは規模が違うのだ。
それでも自分で学んだりせずに、楽で楽しいことばかりの日々を過ごす彼女。
だがそのうち何処からともなく現れた侍女が、パーティーをうまく仕切り始めた。他の侍女は彼女の仕事を減らして、社交の準備を彼女に任せきりにした。
「いつもありがとうね、ローズ。ぐすっ、もう本当に助かるよ」
「それ程のことはしておりませんよ。私の方こそ、いつもお世話になってます♪」
その新人はいつも陽気に微笑んでいた。
今まで見たことのない侍女だが、マリエッタの我が儘のせいで侍女の退職が続いていたので、新たに入ったのだろうと思われていた。
ホワイトは側妃費用の利用限界を越えているから、節約するよう言うも聞き入れる訳もなく。国王は王妃の予算を使えば良いと言い放つ。とっくに補填に当てていると伝えるが、納得する彼らではない。
散財は尽きることなく続いていく。
最早ホワイトが諦めの境地にいたことは、共に働く者にもわかっていた。みんなホワイトの苦労は知っていたが、国王に逆らうことも出来ない。
何も出来ない己に失望し、国の終末を憂いていただけだ。
◇◇◇
ソフィールは今、ザルツ王国王女の誕生会に呼ばれていた。
本来ならば帝国のような大きな国から、ザルツ王国に来ることはない。
だが今回は明確な目的があった。
金髪碧眼の王女バージニアは、側妃に似て綺麗な顔立ちだった。だが飽食過ぎのボディは、スタイルが良いとは言えないポッチャリ具合だ。どんな豪奢なドレスを着ても、今一つで美しく見えない。
勿論誰も口には出さないけれど。
「私の誕生日に来てくださって、ありがとうございます」と、挨拶をするバージニアだが、来賓達の背景が解らず会話を繋げられないでいた。
母であるマリエッタも父であるマリスも、娘が可愛いと褒めるだけで外交に繋がる会話を紡がないでいる。
遙々と海や砂漠を越えてきた者に、労いとおもてなしもしないので、不満に思う者や呆れる者も多かった。
さすがに宰相も困惑し、ホワイトに無理を言って会場に出て貰った。国王が側妃と出席する為に、王妃に来ないように言っていたのだ。
共に身を粉にして働く宰相の嘆願を断れないホワイトは、国の為と割り切り準備をして誕生会に現れた。
王妃の登場と挨拶に、賓客は盛り上がり多いに会話に花を咲かせる。外交面でも活躍する王妃は、実質の女王と見なされており皆好意的に彼女を敬うのだ。
「遠路はるばるご足労頂き、ありがとうございます。少しでも喉をうるおせる物があると良いのですが」
この国の名産であるゴールドマンゴーのカクテルやワインを来賓に勧め、どのように苦労して作成したかもわかりやすく説明した。マンゴーのなる場所は熱帯の高山で、害虫や大鳥も出現して作物が作れない場所だった。
虫や鳥が嫌がる臭気を作り出し、実に近づけない改良を加えたことで一大産地となったこと等を。
そして各国のお土産についても、丁寧にお礼をして特性を褒めていくから、みんな気分良く過ごすことが出来るのだった。
ここに集った者達も、王妃の付き合いで訪れたと言っても過言ではなく、今後も交流が続くことを願って来たのだ。
挨拶後のカーテシーも美しく、幾つになっても赤やピンクを纏う側妃とは違い、王妃に良く似合う大人の装いにも羨望の眼差しが集まる。
王妃のドレスは、王太后の若かりし日のお下がりをアレンジしたものだ。予算は殆ど使っていないのに、センスの違いで素敵に変身していた。古臭さを感じさせることもない。
こうしてスムーズに進む中でも、国王達の鬱積が募っていた。
◇◇◇
マリスはマリエッタと共に、自室に戻り暴言を吐いていた。
「なんだ、あの客達は。王である俺を差し置いてホワイトばかりに媚を売りおって。実にけしからんぞ!」
「そうよ、そうよ。もう嫌になっちゃうわ。せっかくあの女の子供を殺して、バージニアが唯一の後継者なのに。次期女王に対しても不敬だと思わないのかしら?」
その頃バージニアは、側近の子供達にチヤホヤされて気分良く過ごしていた。彼女も他国の者へのもてなし等出来ず、幼い様を晒す。教育の足りなさも親のせいと見なされて言及されないでいた。
◇◇◇
(王妃の子供を殺した? まさか…………)
マリス達の後をつけて、彼らの自室まで跡を付けたのはローズだった。ソフィールと共にこの国に訪れたのは、内乱の恐れありと報告があったからだ。
様々な場所で、ソフィールの侍女と侍従は身を潜め、情報の収集に努めていた。
部屋の前で聞き耳を立てている時、気配なく近づく者に気づかず肩を叩かれた。
(不味い!)
咄嗟に距離を取るが、その人物は唇に人差し指を当てて「シーッ」と言って手招きしている。
片眼鏡の疲れた顔を彼女は知っていた。
『この国の宰相じゃないの、申し訳ありませんソフィールさま』
ローズは宰相の後ろを付いていき、最悪の覚悟を決めた。自分の未熟さに下唇を噛み締める。
彼の開けた扉を潜った時、その先に居た人を見て愕然とした。
「私に似ている?」
応接室に座っていたのは、王妃ホワイトだった。
ローズは潜入の為に、茶色の鬘と変装用の眼鏡をしていた。
けれど本当は、銀髪に赤い薔薇のような瞳を持っている美女だった。
王妃ホワイトは、彼女が年を経たようにそっくりだったのだ。
「あ、あ、貴女は、誰なのですか?」
薄々気づいてはいる。
血縁があるのだろうと。
「生きて、いてくれた。私のローズ……」
涙ぐむ女性を前にして、ローズは激しく動揺していた。
「まさか、嘘、だって、だって私の母は、アンネ母さまのはずなのに………」
◇◇◇
16年前の冬、ホワイトは女の子を産み落とした。
それはそれは元気に泣いて、髪も瞳もホワイトに生き写しだった。
けれど国王マリスは医師に告げるのだ。
「この子供は、死産だった。良いな!」
冷酷な表情で哀れみ一つない言葉に、その場にいた者は凍りつく。
きっと逆らっても実行しても、此処にいた者全員の命はなくなるだろうと理解していた。
それならば……………
その場にいた年若い乳母が、赤ん坊を連れて逃げることになった。
彼女は最近子供を亡くし、旦那とも死別した天涯孤独だと言う。
他に此処にいる者は年配者ばかりで、任せられるのは彼女しかいないと思った。
「この子を助けてくれる? スズラン」
「はい、任せてください。必ずお守りします」
「頼む、スズラン。お姫様をお願い」
「必ずや、命に代えても」
スズランは、ローズに別れを告げるホワイトに誓い、その場を離れた。
地味な私服に着替え、リュックに育児用具と金を詰め込んで足早にその場を去った。
他の乳母や侍女はスズランが逃げられるように陽動を、医師は赤ん坊の死体を手に入れて国王に確認させた。
マリスは満足して高笑いをあげた。
「残念だったな、ホワイト。お前の子供は国を継げないな! ハハハッ」
“国王は狂っている” と全員が驚愕した。
自分の子でもあると言うのに。
その後すぐ、マリスはスズランが居なくなったことを知り、口封じの為に王妃の子が誘拐されたと民衆に報告したのだ。王女が死んだことをふせたままにして。
そしてホワイトを除く関係者は、時期をずらして一人づつ暗殺されていった。様々な死因で。
王族各々にいる刺客のうち、国王と側妃の刺客は全員でスズランを探し回った。マリス達は公にされるのを何よりも恐れたからだ。
そしてある街中で彼女を見つけ、刺客は毒針を刺し込んだ。誰にも気づかれないように、通りすがりに。
「ぐあっ」
(まさか、ここまで跡をつけられていたなんて。不覚だったわ)
彼女は宿に戻り毒の中和剤を飲むも体の自由は利かず、手紙を何とか書き終えた後、ひっそりと隠していたローズを宿の女将に預けた。
「私の姉が迎えに来ますから、それまで預かって欲しいのです。どうやら私は、持病の心臓病が悪化したようです。もし万が一があれば、このお金で何とかお願いします………」
「わかったよ。なんも心配するんじゃないよ。でも母親のあんたは死ぬんじゃないよ。子供は母親がいないことほど、辛いことはないんだからね。いいね」
40代の女将は、子育てを終えた肉付きの良いしっかり者だった。
だが懸命に死に抗うものの、スズランは姉の到着を待たず儚くなった。
街中で彼女に毒を刺した刺客は、彼女の死亡を確認してその場を去った。
誘拐されたと発表されていたが、実際に赤ん坊は死んだと言われている。だから彼らは、スズランの死を確認するだけで引き上げたのだ。
一人の刺客を除いて。
アンネはスズランの手紙が届き、すぐにこの宿に来たが既に息絶えていた。ローズを守る為に、大っぴらに医者を呼べないのも災いしたのだろう。
それでも彼女は満足した顔をしていた。
ここに刺客が来ないのは、ローズのことを気づかれていないからだと思って。
毒で脱力した右腕を左腕で押さえて、何とか詳細を書き残した。
送った手紙には、至急迎え頼むと住所だけを書いただけだから。
アンネはその意をくみ、ローズを自分の娘として育てた。
そして自分の子と同様に、彼女を厳しく育てたのだ。
スズランとアンネは帝国の諜報員だ。
スズランに夫は居らず、彼女が一人で生んだ赤ん坊は生後2か月で儚くなった。
そんな彼女がザルツ王国の間諜として、身分を偽造し乳母として入り込んだのは偶然だった。
健勝な国王が病に伏し、新しく国王となった息子の無能ぶりが聞こえて来たからだ。
スズランは丁度良いとばかりに立候補した。
「今の私なら母乳もでるし、乳母になれるわ。身分はこの国の没落貴族の未亡人で、子を亡くしたばかりとすればいいし………」
僅かに辛そうな顔に、アンネは反対した。
「別にスズランが行かなくてもいいのよ。無理しないで」
「違うの、動いていたいのよ。役立つ人間だと思わせて欲しいの。だからお願い、姉さん」
「もう………」
言い出したら聞かない妹をザルツ王国に送り出したが、まさか死ぬとは思わなかった。
「スズラン、貴女は大活躍したわ。なんせローズの命の恩人だもの。私達の仕事で人助けなんて、貴女くらいしか思いつかないわ。でもさあ、死んじゃうのは早すぎる……」
涙の滲む眦から、頬に滴が落ちる。
代々帝国の諜報員を担うハンブレンク伯爵家は、使用人の半数が孤児で構成されていた。
アンネは伯爵の実子だが、スズランは孤児だった。
二人は共に訓練を受けた戦友であり、姉妹だった。
血の繋がりなど関係ないのだ。
そしてスズランの救った命は、自分の生い立ちを知っても尚諜報員になると決めたのだ。
「私が生きているのは、スズラン母さまのお陰だもの。私もこの国の為に生きたいの」
たぶんスズランは、ローズを諜報員になんてしたくない筈だ。自分の子のように、この子を守ったのだから。
それでもローズは退きはしないのだ。
「本当に貴女達は似ているわ。血なんて繋がってなくても、なんて意地っ張りなのかしら」
アンネは泣き笑いしてローズを仲間に入れた。
彼女がいつか好きな人と出会った時は、命に代えても逃がしてあげようと誓って。
「私も焼きが回ったようだわ。すっかり甘くなってしまった。でもねぇ、妹から預かった子供だもの、仕方ないわよね。ずっと一緒に暮らして来たんだもの」
ルシャリのことは夫に託すことに決めているアンネ。
ピサロもまたハンブレンク伯爵家に入った婿だ。
当主たるアンネに反対などしないだろう。
そんな覚悟で生きてきた、ローズ達とホワイトは今邂逅したのだ。
◇◇◇
「わかってるわ、ローズ。貴女をずっと守ってくれた人がいるのよね。私を母と呼ばなくても良いわ。……生きていてくれただけで、良いの、うっくっ……」
彼女は、アンネに毒を刺した刺客と共にいた者からローズのことを聞いていた。
他の刺客はローズのこと等眼中になかったが、アルダンテは綿密な裏取りをしてローズのことを知り、そして見つからないように細工していた。
何人かがその周辺を調査していたので、彼だけが独断でスズランを救うことは出来なかったけれど。
スズランを亡き者にしなければ、今度は刺客達の家族が危険に晒されるのをみんなが知っていた。
“マリス王は何かおかしい”
先王なら、いやその前の王だろうと、こんなに命を軽く扱うことはなかった。自らの子供まで殺そうとした(マリスは殺したと思っている)のだから。
いくら側妃を愛していても、異常さを感じる。
それが本音だった。
マリスは知らないが、アルダンテは先王の刺客の一人だ。
マリスの刺客であると共に先王の刺客でもあり、マリスの情報は筒抜けであった。
彼の調査で先王の不調もマリスの手の者だと調べがついていた。だが公には出来なかった。
先王が騒げば、マリスは亡き者にしようとするだろう。
そうなれば確実に国は潰れる。
寝込んでいるホワイト一人だけでは、もう無理なのだ。
だから先王は宰相とホワイトを病床に呼んだ。
「乳母のスズランは殺害された。そして出産に立ちあった者達も全員殺された。
だがローズは、生きている。ルクラヴェ帝国の伯爵家で。
此処にいるアルダンテが確認してきたから、間違いはない」
「生きている、のですね。ああ、ローズ………」
ホワイトは安堵の涙を流す。
「先王様、私まで聞いて良かったのですか? こんな重大なことを」
困惑を浮かべる宰相、グランベールに溜め息を吐き先王は言う。
「こんなことなら、貴殿に国を継いで貰えば良かったな。貴殿も王家の血をひく公爵家だ。本当に済まないことをしたな、二人とも。本来なら結ばれていた筈の縁を邪魔したワシを恨んでいるだろう。
でもワシは母を早くに亡くしたマリスを不憫に思い、甘やかし過ぎた。あやつに国を治める能力がないのを知って優秀なホワイトを犠牲にしたのだ。
謝って済むことではないが、申し訳なかった」
二人は顔を見合わせて、「顔をあげてください」と声をかけた。
貴族に生まれたのですから、国に尽くすことは責任なのですと。
それでもと先王は続けた。
「あやつはワシに毒を盛っていたようだ。健康だけが取り柄のワシがこの有り様なのは、そのせいだ。もう正しい区別もつかない状態かもしれない。
だから、これはワシの願いなのだが………」
そう告げる先王は覚悟を決めていた。
ホワイトとグランベールもその覚悟に従うことにした。
『全ては国民の為に』
その時からホワイトは体調を取り戻し、出来る限りの執務に力を入れたのだ。グランベールと共に。
なるべくマリスの機嫌を悪くさせないように、配慮を続けながら。
先王はルクラヴェ帝国に、長い書状を書いた。
女帝は訝しんだが、本当であれば僥倖と呟く。
そしてアンネの夫、ピサロに調査を任せたのだ。
アンネの夫がずっと留守にしていたのは、この調査の為だった。
この後にローズの身の上を確認し、本格的に侍女として仕上げていくのだ。
◇◇◇
帝国はザルツ王国の先王と連絡を取り、ピサロと共に多くの諜報員を城内に忍ばせた。なんと言っても先王の推薦であるから、疑われることもない。
ホワイトとグランベールも協力しているので、不備など見つかる筈もない。
マリエッタだけが不満を持っていた。
せっかくマリスが王になったのに、いつまでも先王の好きなように使用人が出入りするのが気に食わないのだ。
だからと言って、彼女の父である侯爵が使用人を手配してくれることもない。
父侯爵はマリエッタに幾度も忠告していた。
「この国の為になることを考えるのだ。お前もバージニアも贅沢し過ぎている。国の財政を思えば、これ以上は無理だろう。いくらホワイトさまが有能とは言え、支えきれない。側妃と言えどお前は妃なんだ、何故協力し合わない!」
父の苦言に言い返す彼女は、睥睨して言い放つ。
「今さら何だと言うのですか? 母上を放っておいて今際の際にも愛人と睦みあっていた人が。私は私の愛する人と幸せなのだから、邪魔しないで!」
そして父子は決別していった。
彼は良い父親ではなかったが、娘と国の為に苦言を呈した。聞き入れては貰えなかったが。
孤立していくマリスとマリエッタだった。
◇◇◇
そもそもマリスとマリエッタが出会ったのは、王立学園だった。
いつも優秀な成績を修めるホワイト・ダーマリン公爵令嬢は、銀の髪を揺らしながら颯爽と歩く美女であった。
幼い時にグランベールと婚約していたが、国王の願いにより12歳の時にマリスと婚約したのだ。
最初は美しいホワイトと婚約し喜んでいた彼だが、ある時庭園で囁く声が聞こえた。
「ダーマリン令嬢は大変だな。完全に尻拭い役じゃないか?」
「何がだい?」
「結婚のことさ。マリス様は成績もほどほどだし、剣技だってたいしたことがない。才女と比べると見劣りするよな」
「不敬だぞ、お前。良いんだよ、国王さまは守られる立場なんだから、強さなんて関係ない」
「でもさぁ、グランベールさまは格好良いよ。男も惚れる強い剣技に知性もある。ダーマリン令嬢だって、惜しいと思ってるんじゃないの?」
「次期王妃に何言ってるんだ。もう止めろよ」
「ええっ、真面目な奴だな」
庭園沿いの廊下を横切ろうとして、偶然聞いた発言に身を固くする。
「そうなんだろうか? やっぱり俺では頼りないかな?」
落ち込む彼に、マリエッタは声をかけた。
彼女はいつもマリスを目で追っていたから、庭園の会話も聞こえていたのだ。
「マリスさま、私ならマリスさまだけを愛しますわ。いくら幼馴染みだからと言って、異性と気軽に会話なんてしません。それに元婚約者なんかと」
マリエッタはマリスの心の隙をついて、愛を囁き続ける。
愛してます、愛しい人、大好きです、ずっとお傍にいます、貴方だけが欲しい等々と………………………
次に囁くのは悪意。
「グランベールさまは、いつもホワイトさまを贔屓されてますわ」
「ホワイトさまは、よくグランベールさまと宿題の論議をされてますわ。マリスさまはされますか?」
「ホワイトさまは、今日もグランベールさまとお話されてますわ」
そして有ること無いことを、マリスの耳に入れていくマリエッタ。
そうしていくうちに、マリスは疑心暗鬼を拗らせていく。
『ホワイトは、俺を馬鹿にしている。他の男と、グランベールと浮気している』
学園を卒業し結婚してからも、暗い思考に囚われていくマリス。
数年後にグランベールの父が病に伏して、グランベールが宰相になると、さらに悪い考えが強くなった。
そして学生時代から愛を囁いてくるマリエッタに傾倒していく。
『彼女しかいない。ホワイトは信じられない』と。
マリエッタが傍にいることで、暴君のマリスが完成していく。
ホワイトが出産したのは、この翌年のことだった。
マリエッタもそこまでマリスが好きなのではなかった。
妃の座と自分より人気のあるホワイトが、嫌いだっただけなのだ。
◇◇◇
「ローズ、お願いがあるの。一度抱きしめさせて。そうしたらもう、全て諦められるから」
ホワイトは懇願し、真っ直ぐに彼女を見ていた。
いつの間にか後ろにいたアンネが、彼女に声をかける。
「この方がいなければ、貴女は此処にいないのよ。お礼が必要なのじゃない?」
育ての母にそう言われると、彼女は抗えない。
「じゃあ、失礼します」
そしてローズは、ゆっくりとホワイトを抱きしめた。
「ああ、ローズ、ローズ。赤ん坊の時に、守ってあげられなくてごめんなさい。こんなに大きくなって、立派になって、ああっ、うわぁぁ、っくう…………」
ローズからも強く腕を回されて、暖かさが伝わる。
自分をずっと思ってくれていた、私を産んでくれたお母さま。
国内情勢が悪くて、会いに来ることも出来なかったお母さま。
ずっと頑張っていたと、ピサロお義父さまからも聞いていた。
私の為に生きていると、言ってたって聞いた…………
「ああ。私、貴女のこと聞いていたの。ずっと頑張っていたって。本当は死にたかったけど、私が生きているから、私の為に国を何とかしようとして働いていたって。もうなんて言って良いかわからないけど、生きててくれてありがとう、お母さま…………」
「ああ、ローズ、ローズ。ありがとう、ありがとうね……」
泣きながら抱きしめあう二人は、確かな絆を感じていた。
(良かったわね、ローズ。もっと早く会わせてあげたかったわ)
アンネは涙を堪え、息を深く吐いた。
◇◇◇
「たくさんの方々に来て頂き、誠にありがとうございます。この度は聞いて頂きたいことがあるのです」
両脇を支えられた先王はマリスの居ない玉座に座り、大きな声で話し出した。
今回多くの国から王族・貴族が訪れたのは、帝国からの誘いもあったからだ。
そして衝撃の言葉を発する先王。
「この国の経済は破綻しました。ずっと、ホワイト王妃と宰相が中心になり頑張って来ましたが、国王と側妃の散財によりもう追いつかない状態です。今日より全面的にザルツ王国は帝国の傘下に入るので、ザルツ王国はなくなります」
そう宣言し、先王とホワイト、宰相は頭を下げた。
ホールに集っていた人々は困惑するが、先王の宣言に何も言うことは出来ない。
だが、元凶の国王は何処にいるのだろう?
何故此処にいないのだろう?
そしてさらに宣言する。
「責任を取って、私と国王、王妃、側妃、王女は死罪で償おう。この国の貴族にも迷惑をかける。申し訳ない」
そこへ側近に声をかけられ、慌ててとんで来たのはマリスとマリエッタ、バージニアだ。
「どういうことだ。俺に何も言わずに帝国の傘下に入るだと? それに俺達まで死罪だって、馬鹿なことを言うな。執務は全て、ホワイトと宰相がやっていたんだ。俺達は何もしていないんだ。破綻させたのはホワイトだろ? 俺は関係ない!」
他国の者は知っていた。
お金も時間も国に捧げ、懸命だったホワイトのことを。
子供のように遊び、贅沢しかしないマリス達のことを。
「ちょっと、待って。私が今日からここの統治を任された者です。罪状については私が判断しますわ」
そして華麗にカーテシーをし、周囲の人々の顔を見渡しさらに告げる。まだ9歳の彼女は、成人した皇族の覇気を見せた。
「ルクラヴェ帝国の第五皇女、ソフィール・ラナ・ルクラヴェでございます」
ホール全体が瞬時に緊張に包まれた。
紹介の後、多くの騎士がホールにいる王族と宰相を連れてその場を去った。
「離せ、無礼者。王に何をする気だ。止めろ、止めろよ!」
「何をするのよ、全部ホワイトの無能のせいでしょ? 離してよ、嫌だ」
「何よ、やだ。怖い、触らないで、止めてー!」
マリス、マリエッタ、バージニア以外は、大人しく騎士に誘導されて貴族牢に入っていく。
静寂の訪れたホールに、ソフィールは統治者として続ける。
「16年前マリス王は、ホワイト王妃の生後直後のローズ姫を殺めようとしました。それを阻止しようと、死産の赤ん坊を身代わりにし、ローズ姫を逃がそうとしたのが乳母であるスズランでした。彼女はその途中で暗殺されましたが、ローズ姫は無事に帝国へ来ることが出来ました。
そして此処にいるのがそのローズ姫なのです。
さあ、挨拶をなさって、ローズ姫」
突然の紹介であるが、髪留めを取り眼鏡を外して華麗にカーテシーをするローズ姫は、完璧な淑女だった。
「初めまして皆様。私がローズです。ずっと帝国のソフィール姫の下で匿って頂いておりました。この度ザルツ王国の不祥事で大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
初対面で謝罪を述べる美姫は、ホワイト王妃にそっくりであった。
「ああ、なんて美しい」
「姫には罪がない。被害者であろう」
「面をあげてください、ローズさま。なんてお可哀想に」
「それを言うなら、ホワイトさまもだ。彼女はただただ尽くしただけだ。諫言にも耳を貸さない暴君だと聞いたぞ」
「ええ、私も商人から聞きました。贅沢は側妃と王女だけがしていると。ホワイトさまは、王太后さまのドレスをアレンジして着ているのを知っておりますわ」
「そうです。ホワイトさまに罪はないわ」
「宰相だって、懸命に仕事していたのを知っている」
「そうだ、官吏だって真面目だったぞ」
国の内外から、彼らを知る者を擁護する声が聞こえる。
「ああ、みんな知っているのね。間諜なんかじゃなくても、きちんとわかっているのね」
「頑張っていたのね、本当に」
減刑を求める声は鳴り止まず、マリス達以外は死罪にしないで欲しいとみんなが願っていた。
ソフィールはこの声が聞きたかったのだ。
だから敢えてこの機会を選んだ。
「みなさんの意見は受け取りましたわ。それでは罪状は私の量刑にお任せください。それでは本日は解散と致しましょう。お土産は帝国産のビジョンブラッド、最高色の特大宝石ですわ。帝国の領土拡大祝いにどうぞお持ちください」
「おおっ、なんて素晴らしい。こんな素敵な物を持って帰ったら、喧嘩になりそうですな」
「ああ、なんて素敵なんでしょう」
「見ているだけで幸福になりそうです」
悲壮感漂う会場がにわかに喜びムードに変化する。
歓喜に湧く彼らは、今日の日を暗いだけでは終わらせないだろう。
「これで粗方片付いたわね」
ソフィールが言うと、アンネ、ローズ、ルシャリは即座に片膝を突き、右手を胸に当て忠誠の姿勢を取る。
その後に続き、帝国から付いて来て断罪が始まるまで外で待機していた50名の騎士達も忠誠の姿勢になった。
ザルツ王国の兵士と騎士は、マリスの側近以外今日のことを知っていた為混乱はなかった。彼らはただソフィールを見ていただけだ。自分達がどうなるのかわからず、立ち尽くすだけだった。
「みんなありがとう。何とかうまくいったようだわ。後はゆっくり決めるから、楽にしてくださいな」
「「「「イエス、マジェスティ!!!!!」」」」
威厳ある態度で声を発し、その場を後にする。
ローズの案内で、客室へ移動するソフィール。
諜報の仕事として当然だが、彼女らはこの城の見取り図を把握している。
使用済みの国王や王妃、側妃の部屋に移動する気はない。
移動は全てを終えてからだ。
ベッドに腰かけ、首を回してあくびをするソフィール。
「ソフィールさま、お疲れさまでした。とても凛としておりましたわ」
「ありがとう、ローズ。貴女も頑張ったわね。
ねえローズ、私は好きに刑を決められるみたいよ。
貴女はどうして欲しい?」
「私は、ですね。やはり王妃には減刑を願いたいです」
小声で呟くローズの声は消え入りそうだ。
そして口を出すなんて申し訳ありませんと、謝罪したのだ。
「私の姉さまがなんて気弱。堂々としてよ」
「いえ、ですが、ソフィールさま」
焦るローズに、ニマッとした笑みを浮かべるソフィール。
「まあ、任せておいてよ。もう今日は休みますわ」
「はい、おやすみなさいませ。良い夢を」
扉を閉めて、扉の前に移動するローズ。
彼女は朝まで扉を死守する。
主人の快適な眠りを守る為に。
その頃アンネは、ホワイトの部屋に訪れていた。
「うちのお姫さまの働きで、貴女の死刑はなくなったわ。先王も宰相もね。ただ国王と王妃は無理ね、助けられないわ」
「そうですか。でも私は生きていて良いのでしょうか? 国の統治に失敗した私が」
どうしたら良いかわからない、難しい顔をするホワイト。
「良いに決まっているじゃない。これからよ、幸せになるのは」
「幸せ?」
「そうよ。まだ言っちゃいけないんだけど、少し早いだけだし良いわよね。実はね…………」
「本当ですか? まさか………」
途端に顔を綻ばせるホワイトは、泣きながらアンネを抱きしめていた。
◇◇◇
ザルツ王国統治の責任者はソフィールで、彼女はこの国の女王となる。そして王配はルシャリだ。
先王の身分は剥奪され、最初に帝国に提案をした恩情により離宮で療養を続けることになる。
ホワイト王妃も身分剥奪され、新王国の文官となる。
宰相は公爵から伯爵へ降爵し、官吏となる。
そして宰相は、元王女であるローズが就任した。
諜報員となるべく全ての国の情報に精通し、武力も強い彼女にはうってつけの人事となった。
帝国の第五皇女は諜報部の要であり、この国だけに留まれない。拠点は帝国となるのだ。それは王配になるルシャリも同様だ。
「俺は姉さまのいる所にいるんだ!」と言うが、彼が此処に安住することはないのだ。9歳の年齢以上に鍛えられた肉体と、アンネ母さま似の美しい赤色の短髪は、今もシスコンが続いたままだ。美麗な容姿に似合わぬ弱音を吐くのは、家族とソフィールの前だけである。
無論命令違反をする彼ではないから、今後はソフィールと共に世界を飛び回るだろう。
そしてアンネも帝国へ戻ることになる。
「生きていれば会えるもの、泣くことなんてないのよ」
寂しそうに微笑んでくれる優しい母さま。
「まあ、暫くは私も此処にいるわよ。でもずっとは無理なの。だから実質の実権はローズにあるわ。頑張ってね」
不安げなローズは、思わず口に出る。
「私一人で出来るでしょうか?」
ソフィールは笑って答える。
「出来るわ、だって貴女の国だもの。それに母さまもいるでしょう?」
「でも…………」
「良いのよ、母さまは何人いても。私なんか帝国の女帝が産みの母さまだけど、多忙すぎて殆ど交流はないわ。私の母さまはアンネ、そして貴女もよローズ。貴女は姉であり、母であり、部下であり、まあ家族ね。いつまでも家族よ。たとえ、離れていてもね」
「ソフィールさま、嬉しいです。……うっ、ぐずっ」
「泣かないでローズ。まだまだ一緒なんだから。あー、もう泣かせないでよ、ぐすっ」
まだまだ年若い二人なのだ。
このままで居られないと思うだけで悲しくなるのだ。
これから帝国の貴族が幾つか領地に入り、元王国の貴族は降爵する。だが、元ザルツ王国の貴族達は納得している。
彼らも帝国のテコ入れがなければ、立て直しは無理だとわかっていたのだ。
そして国民も、戦争なく帝国に吸収されたことを喜んでいた。みんな不安な日々を過ごしていたのだ。
そしてマリスとマリエッタは毒杯により、ひっそりとこの世を去った。
マリスはマリエッタとバージニアを愛して、散財を許したが、彼自身が浪費することはなかった。確かに執務はしなかった彼だが、それだけだった。
愛情の裏返しで、ホワイトを贔屓する父親を憎み、贔屓されているホワイトを憎み、子供であるローズにも憎しみを向けた。
ホワイトのことは好ましいと思っていたのに、自信のなさから歪んでしまった。マリエッタの洗脳に近い囁きが彼を狂わせた。
「ホワイトが愛しているのは、グランベールだ。子供だって本当に俺の子なのか?」と。
全ては劣等感から始まったのかもしれないが、せめて国王でなければもっと上手く生きられたかもしれない。
毒杯の刑を告げた時予め覚悟していたのか、断罪の場のような醜態は見せず、頷くだけだった。
彼も中途半端に生かされるより、最善と思ったのだろうか?
その数日後の刑の日まで、静かに本を読んで過ごしたそうだ。
そしてポツリと呟く。
「ローズだったか、生きていて良かった。大きくなっていたな。マリエッタも死ぬのか、可哀想に。助けられなくてごめんな。バージニアは修道院か、そうか一人で暮らすのは辛いな。そうか。……………ごめんな、ホワイト。俺は本当に酷い奴だ……………」
一人でよく考えてみれば、ホワイトが不貞をする訳がないと理解できる。あんなに尽くしてくれたのだ。
それなのに、どうしてあんなに憎んだのだろう?
全ては過去。忘却の彼方にある答え。
最期は抵抗せず、ただ切なそうな顔を見せただけだった。
マリエッタは最期まで抵抗していた。
「何でよ、何で死刑になるのよ。悪いのはホワイトでしょ? 私だって死ぬってわかっていたら、買うの我慢できたわ。あの女が悪いのよ! お父さま、助けてよ。ねえ、呼んでよ、早く!!!!!」
反省もせず、バージニアやマリスのことも一言もなかった。
彼女は叫びながら抵抗し、死罪にならないホワイトへの怨嗟で絶命した。
「なんであの女は無傷で私が死ぬのよ! 逆でしょ? 王妃はあいつなのに! いつもいつも何でよ、あの女ばっかり愛されてずるいのよ!!! マリスだって本当はあの女が好きなのよ、グランベールさまだってそうよ、城の者も、国民だって!!! ちょっとくらい良い思いして、何が悪いのよ。嫌よ、死にたくない!!!!!
……………いやぁ…………なん、で、こう、なる、の………」
バージニアは修道院に移送された。
北の国の寒さが厳しい場所だった。
「お父さま、お母さま、助けてください、私は此処におります。出して、部屋から出してー!!!」
貴族牢で騒ぐ彼女に、修道院に行く日に両親の死亡を告げた騎士。グズグズと泣き続ける彼女は、信じられずに尋ねた。
「そんな、なんで死んでしまったの。嘘でしょ?」
そして本来、国の財産を食い潰したバージニアも、毒杯を賜る筈だったところを、ソフィールの温情で生かされたことも告げたのだ。
「どうしてよ、ドレスを買ったから? 宝石も買ったから? 駄目なら買わなかったのに」
呟く彼女に騎士は言う。
「そうだ。駄目だと教えなかったのが両親の罪だ。君はこれからたくさんのことを学んで、ちゃんと生きていくんだ」
「一人で生きていけるかしら?」
「頑張るしかない。両親が好きだったなら、供養してあげないとな」
「そう、ね。そうするわ、ひっ、ぐっ」
泣き止もうとする彼女に、騎士はハンカチを渡す。
「今は泣いても良いんだ。泣き止んだら出発だ」
「………あ、ありがと、ありがとうございます」
彼女は初めて、家族以外の優しさを感じた。
修道院では模範になるような、優しい女性になったと言う。
ソフィールは今日も世界を飛び回る。
第五皇女は、帝国にとって他の子供より重要視されないポジションだ。真っ先に捨てゴマにされる定めな為、大きなミスは自分だけではなく、部下にも及ぶ為に重圧がかかる。
先代担当者の第四皇子が敵国で命を落とし、補佐であった彼女が責任者に就任したのが7歳の時だ。
そこからの試練は目を覆うような苦しいもので、ローズもルシャリも心を痛めた程だ。とても7歳に与える訓練ではなかった。だが甘やかしは生存確率を低くする。
アンネらは心を鬼にして、ソフィールを鍛え上げてきたのだ。
彼女はまだ9歳を過ぎたばかりだが、為政者の顔を崩せない。
だから時折、心を休める為にローズの元に訪れるのだ。
「ただいま、ローズ。お土産たくさんあるよ」
「よくぞご無事で。おかえりなさい、ソフィールさま」
微笑みあい、優しく抱き合う二人だった。
私には母さまがたくさんいる。
『私を生んでくれたホワイトさま。
私を命懸けで守ってくれたスズラン母さま。
ずっと育ててくれたアンネ母さま』
誰一人欠けても、私は此処にいないのだ。
ありがとう母さま達。
託されたこの命、私はソフィールさまに使います。
紡がれた命は、大切な皇女の為に。
7/3 21時 日間ヒューマンドラマ(短編) 15位でした。
ありがとうございます(*^^*)
7/4 10時 日間ヒューマンドラマ(短編) 10位でした。
17時 9位に。ありがとうございます( ´∀`)♪
7/5 8時 日間ヒューマンドラマ(短編) 7位でした。
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