9
「先輩!俺もう不幸なんす。不幸すぎて、もう何もできないんです。」
「そんなことないから。お前今、穢れを直に浴びすぎてちょっと頭がおかしくなってるだけだから。とりあえずその頭のフンをどうにかしてこい。トイレで洗ってこい。わかったな?水できれいに洗うんだぞ。」
先輩と呼ばれた男は、子供に言い聞かせるように泣いている男に言った。
「先輩、一緒に来て来てくださいよ」
「連れションかよ、やめろよ、1人で行け。」
「でもせんぱぁぁい!」
男は泣きながら何度も先輩の方を振り向きながら、トボトボと公園のトイレに向かって歩いていった。
じっと見ている真希と榊原に気づいたのか、後輩を見送った男が2人の方を見た。
「榊原じゃねえか。なんだ、一応仕事する気になったのか。」
「いいえ。僕は今日非番ですから。デート中なんですよね。あ、真希さん。こちら及川くんです。」
榊原は真希の手を取ると、しっかりと恋人繋ぎをして手をブンブンと振り回した。
「いや、違うから。違います。他人です。」
「そんな真希さん……あ、家族になりますか?」
榊原が嬉しそうに目をきらめかせた。
「いや、ならないから。」
「ええ、逆プロポーズだと思ったのに…」
榊原が悲しそうな顔して真希の方を見た。真希はそれを無視した。
どんだけポジティブシンキングなんだ。榊原さんってメンタル強いわよね。
「遊んでんなら手伝え。」
及川が顔を引きつらせて榊原を見ている。
「でも僕、火の関係は全く役立たずなんで」
榊原はのほほんと我関せずを貫くつもりらしい。
…また言った。
『役立たず』
榊原が自分で自分のことを役立たずと言うと、何だか無性にイライラする。
「私が手伝います。」
真希は及川が榊原のことを悪く言う前に榊原の前に出た。
「手伝うって…あなたは一般人でしょう。」
「いいえ。関係者です。」
全然違うけど、いいのだ。この際そんな細かいことはどうでもいい。とにかく榊原さんを馬鹿にするのは許せない。
及川は困ったように、真希と榊原を交互に見ている。
「 真希さん、そこまでして僕のこと…僕感動しました。」
榊原が目を潤わせて両手を広げた。さあ、カモーンハグ!の体勢だ。
「いいから。そういうのいいから。それよりあのさっきの人が持ってたみたいな虫取り網を私にもよこしなさいよ。」
見事に猿を捉えて見せようじゃないか。
「あれはですね、ちょっと使い勝手が悪いっていうか…」
榊原が言葉を濁した。
「そうなんだよな。あんまり新人に危ない武器を持たせられないから、ああいった無害な装備を渡してるんだけど。」
及川もそれに同意した。
…制服姿の人が、こんなに人がいる場所で網を振り回してるっていうのがそもそも不審者って感じだと思うけど。
真希だったら絶対に通報する。
「そうなんですよね。悩ましいところですよね。どうしても人手が足りないから、新人さんをめいっぱい投入するしかないんですけど。でもそうすると、あんまり危ないものを持たせて、一般人の方にお怪我させてしまったら申し訳なさすぎますからね。」
どうやら魔安にもいろいろと事情があるようだ。
「でも大丈夫です真希さん」
榊原はきりっと真希の方を見て、じゃーん!と何かを浴衣の胸元から取り出した。
「何これ?」
「輪投げですよ。」
「輪投げ?」
「はい。小さい頃、縁日でやりませんでしたか?」
輪投げかあ。懐かしい、確かにやったかも。
遠くにある筒に輪が入れば大きい景品をもらえる。近くにある方だと安いおもちゃだったっけ。お兄ちゃんとよく競争して、いかにいい景品を取れるかよく遊んだものだ。もちろん、お兄ちゃんの方が体が大きかったから、その分リーチの差で、勝てたことはほとんどなかったけど。
でもコントロールには自信がある。真希は、学生時代はバレー部だったのだ。
「またお前、変なもの開発部からもらってきやがって」
及川が呆れたように榊原を見た。
「でも面白くないですか?」
「そうなんだけどよ、効率が悪いだろうか。」
「 大丈夫ですよ。運動神経がいい人がやれば捕まりますから。真希さんにぴったりだなって思ったんです。はいどうぞ」
榊原は真希に輪投げを手渡した。
「これをどうすればいいの?花火に投げるの?」
「正確に言えば、花火というより、花火にしがみついてる魔物にですね。いい感じに魔物が輪の中にはまると、お縄ちょうだいみたいな感じでギュッと輪が縮まって、捕らえられますから。」
「へえ、何それ面白そう。」
真希は目をキラキラさせながら、輪投げを手に取った。
「榊原、一般人に武器を渡すなんてよくねえぞ。規則違反だからな。」
「大丈夫ですよ。真希さんは、魔安のことはご存知ですから。僕の未来のバディです。」
「そうなんですか!?」
及川は驚き半分、恐ろしさ半分と言った顔で真希を見た。こいつマジかよ、と顔に書いてある。
「はい。…うん?いや、違います。知ってはいます。赤の他人です。今も今後も。」
真希は話はそっちのけで、輪投げをじっと見た。