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「ちょっとあれどうにかしたほうがいいんじゃないの。また不幸な人が出るわよ。」

「そうですね。ちょっと行ってみましょうか。」

ふん!と真希は力を込めてサンダルを地面から剥がした。風船を目で追いながら、人でごった返す花火会場を移動する。

「そろそ落ちますね。」

2人が目で追いかけた先に、警察官のような制服を着た2人組がぱぱっと走ってきた。一人は無線で何かを伝えている。もう一人は腰のベルトから警棒のようなものを取り出して、シュっと降り下げた。その男は、仁王立ちするとおもむろにその警棒を引きのばした。

先からふわっと出てきたのは…虫取り網の網の部分だった。白い網がふわふわと風になびいている。男は両手で虫取り網を掲げると『ぬぉぉぉー!』と叫びながらブンブンと振り回し始めた。どうやらそれでサルを捉えようとしているらしい。

けけけ。猿はおもしろそうに笑うと、右へ左へと体を動かしては男の攻撃を難なくかわしていく。慌ててもう一人(こちらは女性)も参戦するが、猿は自分の体重を利用してぶんぶんと風船を揺らしては、ニ人に向かってお尻ペンペンをしたり、あっかんべーをしたりしている。

「くそ、なんてすばしっこいんだ。」

男が叫んだ。


「ちょっとあれ…」

二人の様子を見ていた真希は思わず足を止めた。

「明らかに不審者じゃない…」

こんな大勢の人がいるところで、一般人には見えない制服を着た人が空に向かって虫取り網を振り回しているのだ。それも二人も。


「これでもくらえ!」

男がジャンプしながら虫取り網を降り回した。風船はどんどん下がってくる。そうなると今度は棒の長さが仇になったらしい。風船よりも上の空間を虫取り網が空回りする。二人は棒を短く持ち直したが、その分だけ持ち手の後ろ側棒の部分が長くなった。それがちょうど2人の後を歩いていた親子連れにぶつかった。

「ちょっと何すんのよ!」

「す、すみません。」

二人はぺこぺこと母親に頭を下げた。

「大体こんなところで何してんのよ、あんたたち。危ないでしょうか。そういうおふざけは人がいないところでやってちょうだい。子供に当たったらどうするのよ。」

「すみません。ごめんなさい。気をつけます。」

「気をつけるって、大体あなたたち警察官でしょう。しっかりしなさいよ。市民の安全を守るのがあなたたちの役割でしょうが。」

「おっしゃるとおりでございます。」


二人が謝っている間にも、猿の魔物は悠々と花火玉の中からキラキラを取り出して食べている。

「こいつ!」

男がそれに気づいたときは、サルは、ほっぺたを満足げに膨らませて、キキッと鳴いて去って行ってしまった。

「こいつって。あなた!私の話聞いているの?大体ね!」

母親がヒートアップし始めた。

「お母様。大変申し訳ございません。謝罪は私が。」

女が謝っている間に男は周りの人を押しのけて猿に駆け寄ったが——


バン!

妙に気に障る音を出して花火玉が散った。その瞬間、周りでまた不幸が広がった。


「えっ!今模試の結果きたんだけど、判定外だって。判定が圏外過ぎてそんな大学諦めろって書いてある。」

「なんだよそれやべえじゃん。」


「僕、地方に異動だって今メールが来たんだけど…和子さん…」

「地方?何それ、私そんなところ一緒に行かないわよ、別れましょう。」


「見て、あれ部長じゃない?てか隣にいるのって係長?2人とも結婚してなかったっけ?」

「はい写真撮っちゃう〜ネットに載せちゃう〜」


どんどん不幸が広がっているようだ。

「俺のせいで不幸がっ!」

制服を着た男は、泣きながら地面に膝をついた。一人芝居している状態の男のことを、周りの人たちは距離をとって眺めている。やばい人のような感じしかしない。

そこにカラスがやってきた。男の頭をガシっと掴んでカーと鳴くと、男の頭にフンを落として飛び去った。男は魂を抜かれたように肩をかくんと下げると、地面に崩れ落ちた。そのまま両手で顔を覆ってしくしくと泣いている。


「…不幸だわ。」

真希はその不幸の深さに恐れおののいた。

「この花火玉の穢れはちょっと強烈だったようですね。時々穢れの濃度も変えるんですよ。ほら、全部一緒だと面白くないでしょう。」

「面白くないってそんな…」

「バリエーションは人生のスパイスだって言いますからね。」


真希と榊原は泣きながら地面をコロコロと転がっている男のことを少し遠くから見た。気分的になんとなく近寄りたくない。周りの人間も男を避けるように、そそくさと歩いていく。

「あれはね。新人の宿命なんですよね。」

「え?」

「初めはこういう花火大会とかの現場に回されるんですよ。そこである程度業績が上げられないと、一生窓際族ですね。」

「ええ…」


「不幸だ。俺はなんて不幸なんだ。」

「ちょっと、しっかりしてよ。立って!」

パートナーの女が励まそうとするが、近寄りたくはないらしい。少し離れたところから虫取り網で男の肩をツンツンとついている。

「お前、立て。通行人の邪魔だろうが」

どこからともなく制服姿の男がまた1人やってきて、泣き崩れている男の腕を引っ張り上げた。

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