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もう止まらないといったふうに、猿の魔物はどんどん花火の玉からキラキラしたものを取り出して、口の中に放り込んでいる。口がリスのようにほっぺたがふっくらと膨らんでいる。

「全部食べられちゃいましたね。」

榊原が面白そうにつぶやいた。

キキっと猿は嬉しそうに鳴いた。そして火が着いたままの花火玉を地面に放置して走り去っていってしまった。


それから数秒。真希があっと思ったときには、バン!という音が鳴って花火玉が爆発していた。

それはまさに爆発だった。不快な音を立てて花火玉は辺りに散りながら突風が吹いた。真希の体を通り抜けたのは、何とも不快な感覚だった。

例えて言うなら、ぼうっと道を歩いていたら、すぐ目の前にフンがぽたりと落ちてきて、びっくりして上を見ると、電柱に止まったカラスがカアーっと鳴いているような感じだ。

『ちょっと、今あんたわざとでしょ?』とカラスに言ってやりたい気分になるアレだ。


周りの人もいきなりの突風にびっくりしたようだ。

「ママ、僕かき氷落としちゃった。」

子供が泣きそうな声で母親に訴えている。


「俺のビールがこぼれちまったよ。」

男性の半ズボンのちょうど真ん中らへんに大きなシミができている。


「なんであなたこんなこともできないの?別れましょう。」

女性が彼氏に見切りをつけて去っていった。

「待ってくれよ!」

彼氏が彼女に泣きながら縋りついている。


慌てたように、警察官のような制服を着た人や浴衣姿の人たちが花火が爆発したところに集まってきた。

「あれが魔安の職員たちですね。暴発した玉は跡が残っちゃうので、ああやって証拠隠滅しているんですよ。」

榊原が指を指したところでは、集まってきた人たちがスプレー缶のようなものを地面に撒いている。

「そのままにしておくと、あそこが不幸スポットになっちゃうんです。」

「不幸スポットって…」


周りに不幸が続々と生まれているようだ。ざわざわと落ち着きない雰囲気は何とも嫌な感じで、真希は榊原の浴衣の袖を引っ張った。

「榊原さん、行きましょう。」

「そうですね。」

真希が一歩踏み出したところで、足元でねちという嫌な音がした。路上にポイ捨てされたガムを踏みつけたようだ。強力なガムらしく、サンダルが地面から離れない。浴衣だからって下駄なんてものを履いてられるかと思って、真希はぺったんこサンダルで来たのだ。

「離れない!」

キーっと真希がサンダルと格闘していると。

「おい、お前、俺にぶつかってきただろう。」

「んだよそっちがぶつかってきたんじゃないか。」

喧嘩が始まってしまった。

「うーん、みんな不幸のせいでちょっと気が立ってますね。真希さんちょっと待っててくださいね。」

榊原は喧嘩を始めた若い男のもとにゆったりと歩いていった。

「お二人とも、今日は花火大会なんですから、落ち着いて。楽しみましょう、ね。」


「ああ?なんだメガネのにいちゃん。引っ込んでろ怪我すんぞ。」

男が威嚇するが、榊原は気にも留めないと言うふうにへらへらと笑っている。

「まぁまぁそんなにカリカリしないで。」

「うっせえ」

男が榊原に向かって拳を振るった。榊原はそれを難なく受け止めると、手首を掴んだままもう一度ゆっくりと言った。

「落ち着いて、ね。」

「ぐっ」

男は顔を顰めた。

榊原は力を加えているふうには見えない。体の姿勢が変わったわけでもない。だが真希は見逃さなかったなかった。


ありゃ。あれは相当痛い握り方をしてるな。


「そっちのお兄さんもね。」

榊原は続いて、もう片方の男にも声をかけた。


真希からは榊原の顔は見えなかったが、榊原の何が怖かったのだろうか。ヒイっと男は仰け反ると、一歩下がった。

「きっ今日はこんくらいにしてやるよ。」

男はそう吐き捨てると、無言でそのまま立ち去っていった。

もう1人の男は手首を摩りながら反対側に肩を落として歩いていった。


「すみません、お待たせして。」

榊原がニコニコしながら、真希の元へ帰ってきた。

「榊原さん、なんかしたでしょう。」

榊原は片眉をひょいと上けた。

「何かをしたなんてとんでもない。ただ、社会人として注意をして差し上げただけですよ。」

榊原はにこりと笑った。


普段おとなしい人は怒ると怖いという。この人は怒らせないようにしよう。真希は心に誓った。腰が一歩引けた真希に構わず、榊原は続けた。

「ガム、取れなくなっちゃいましたね。」

情けなさそうに眉を下げている。

「いや、大丈夫。踏ん張れば取れる。」

あ、いいこと考えた。と榊原は目を輝かせた。

「今日は僕が抱えてあげましょうか?」

榊原は両手を真希のほうに差し出した。

「結構です。」

真希は即答した。こんな大男に抱き抱えられたら目立ってしょうがない。

「てか、あれ。」

真希が空を見上げると、また猿の魔物が風船にぶら下がっている。

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