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待ち合わせの〇〇駅は人でごった返していた。それはそうだ。なんといってもテレビで全国中継される花火大会があるんだから。
そういえば花火大会って屋外なのよね。
真希はため息をついた。あの妄想の花火大会では、暑さと言う観念がすっぽりと落ちていた。
日が落ちてきたとはいえまだまだ蒸し暑い。でもちょっと我慢だ。もう少しすればビールが私を待っている。
そんなことを考えている間に、周りの女性陣がザワザワしだした。どうしたんだろう?と真希が周りを見渡すと、駅とは反対側の方向から榊原がのんびりと歩いてきたのが見えた。
周りの人よりも頭1つ分高い身長。
赤みがかった金色つやつやな髪の毛は今日も横に流されて、水色のリボンで結ばれている。
…真希の浴衣と同じ色。何色の浴衣か事前に聞かれたのだ。もしかしてお揃い…なんて違う。違うったら。
榊原の浴衣は灰色だ。地味な色の浴衣のはずなのに、なんとも色っぽい。欧米人のような彫りが深い顔つきだという印象があったが、こうして浴衣姿を見てみるとアジアンビューティーのような、オリエンタルな感じもする。これが浴衣マジックか。腰の帯のあたりからクラクラするような色気が漂ってくる。そんないい男が手を振りながら真希のほうに近づいてくるのだ。周りの女性陣の興奮も高まってくると言うものだろう。
「やだあの人めっちゃかっこよくない?」
「モデルかな」
「かも」
「胸板やばくない?」
花火大会という日常とは違う空間だからか、周りが騒がしいからか。元からテンションが高かったらしい女子たちは声が大きくなっている。そしてその声はバッチリ真希にまで聞こえている。
…どうしよう逃げたくなってきた。
さりげなくUターンしてこの場を立ち去ろうとした真希が足を動かす前に、いつの間にか近くまで来ていた榊原にがっと手首を掴まれてしまった。
「お待たせしてごめんなさい。真希さん。」
トレードマークの丸メガネも、これはこれでアリなのかもしれない。深い海のような碧眼が丸メガネからチラチラと覗く度に吸い込まれそうになる。
「いやー、あの…」
人違いです。オホホ。と逃げようとして真希は目線をキョロキョロと動かすが、完全に榊原の間合いの中に入ってしまっている。
そうだ忘れてた。この人なんか武術をやる人だったわ。
榊原はニコニコと笑いながら真希をどんどん腕の中へ抱え込もうとする。
「ちょっと」
「再会のハグですよ。さ、僕の腕の中に飛び込んできてください。」
「いいから、そういうのいいから」
「えー残念だな。じゃあ手をつなぎましょうか」
いいえ、遠慮しますと言いかけた真希だが、榊原の腕が真希の腰に回りそうになったのに観念して、手を榊原に預けた。
しばらく無言で2人で並んで歩く。
なんとも、もぞもぞするような気恥ずかしい気持ちだ。そもそも、あんな訳のわからない一夜を一緒に過ごしたとは言え、榊原のことなんて何一つ知らないのだ。真希だって普段とは違うテンションだった。気の短い方だとは自覚しているけど、いきなり初対面の人に殴りかかろうなどと普段は思わない。あれは緊急事態だったのだ。それからモグラ叩きにあれほど熱中してしまったのも、あの異様なテンションのせいだ。…面白かったけど。しばらくゲーセンに行きたくてしょうがなくなったけど。
チラリと榊原の顔を覗き上げると、榊原はご機嫌でたまらないと言った顔で静かに鼻歌を歌っている。どうやら気まずい思いをしているのは自分だけだと気づいた真希は、何かが吹っ切れた。
「あの時はお世話になりました。ありがとう。」
真希はお礼を言った。礼に始まり礼に終わる。それが真希の道場の教えだ。
「どういたしまして。僕たちの感動の出会いですからね。一生に残る大切な思い出になりましたね。」
「はいはい」
真希はスルーした。そうだ。こういうテンションの人だった。
あまりにも起こった出来事のインパクトが強すぎて、いろいろ覚えていると思っていたけど、詳細はすっぽりと頭から抜け落ちていたらしい。
まぁ完徹したからなあ。
今となったらいい思い出…と言えなくもないかもしれない。いや、もう一度やれと言われたら絶対に御免被るが。あれからしばらくエレベーターに乗るのが怖くて、階段生活を余儀なくされていたのだ。
どうやら知らない間に緊張していたらしいが、のほほんとした榊原の雰囲気に感化されたのか、真希も次第に肩の力が抜けてきた。
「花火楽しみね。もう何年もちゃんとに花火大会なんて来てなかったなぁ」
「僕もです。前はただぽーんと上がる花火だったのに、いつの間にかすごく進化しててびっくりしちゃいました。」
「そうよねー、子供の頃なんてもっと単純な花火だったものね。」
「はい、狼煙が上がるって言う感じのでしたからね。」
さすがにそこまでシンプルなものじゃなかったんじゃないかと真希は思ったが、まあ人の抱く感想と言うのは人それぞれである。
「江戸時代位からだいぶ華やかになりましたからね。」
榊原が懐かしそうに目を細めた。
…これにも突っ込むまい。