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「榊原さん、次!」
「まあまあ、真希さん。少し休憩しませんか?ほら、お水でも飲んで」
榊原は浴衣の裾からボトルを取り出した。ちなみに真希が持ってきた巾着はとっくに榊原に押し付けている。
「…なにこれ?」
真希は何とも言えない表情で榊原が持っているボトルを見つめた。
500ミリリットルのボトルには、確かに液体が入っている…のだけれど…
クリアなオレンジ色のボトルには、大量のハートマークと『真希さん』という言葉が所狭しと書いてある。
日本語、英語、その他諸々読めない字で書いてあるのは何の呪いだろうか?
「真希さん専用に特注でボトルを作ったのですよ。気に入っていただけましたか?」
「…特注?」
「はい。真希さんはビタミンカラーが似合うかなと思ってオレンジにしてみました。」
「えっと…」
「デザインにもこだわりがあって、先方と何度もやりとりして作り上げた逸品です。」
これを人に作らせたのか。
真希は、不幸にも榊原の担当になってしまった先方の人が気の毒になった。
榊原さんちょっとしつこそうだからなぁ。
「どうぞ遠慮なくゴクゴク飲んでください」
「やー、そんなに喉乾いてないっていうか」
「だめですよ。真夏ですからきちんと水分補給はしないと。今回もミネラル分たっぷりの海洋深層水ですから、おいしいですよ。」
『さぁ、どうぞどうぞ』と榊原がぐいぐいとボトルを押し付けてくるので、真希は仕方なくボトルを手に取ってとひと口水を飲んだ。
あ、おいしい
やはり喉が渇いていたらしい。気がつくと、一気に飲み干していた。
「くぅーっ!染み渡る!」
そういえば、さっきビールを飲んだきりだった。確かにこれでは脱水症になってしまうところだった。
真希は袖で口元を拭いた。『お前なぁ、そういうところが女らしくないんだよ』と呆れる兄の声が聞こえてきそうだ。
「いい飲みっぷりですね。どんどん湧いてきますから。どんどん飲んでくださいね。」
榊原はニコニコしながら真希を見つめている。
榊原さんは女らしくしろとか、そういうこと言ってこないわよね。そういうところは榊原の数少ない美点だろう。
ううん?
目の端にチラリと、何かが映った気がした真希はそちらのほうを向いた。
「ちょっと榊原さん、あれ」
真希が指差したところには、風船にぶらさがっている大きな物体がいた。
「なにあれ?えっと…象?」
大きさは猿とは比べ物にもならない。長い鼻を器用に風船の糸に巻きつけては、象は下に降りてくるのをじっと待っているようだ。
「あちゃ。厄介な魔物も来ちゃいましたね。」
「魔物って、あの猿みたいなやつだけじゃないの?」
「そうなんですよ、ここは立地的に猿の魔物が多いんですけど。先ほども言いましたように、今年はヒグマが民家に出てるくるくらいのレベルでいろいろなところの魔物が混在してますから。象さんはちょっとやばいんですよね。」
榊原は鼻にしわを寄せた。
「やばいって何が?」
「鼻でくるりと花火の玉を取って、そのまま口の中に入れちゃうんです。」
「全部食べちゃうってこと?」
「それだけだったらいいんですが、おなかの中でキラキラした部分だけを消化して、残りは排出しちゃうんですよ。」
「排出って…」
「体の中を通っちゃいますからね。汚れがたっぷりとついた、それはそれは嫌な感じの花火が爆発することになります。」
「やばいじゃない!どうするの?」
「今までと同じで大丈夫ですよ。くれぐれも火には気をつけてくださいね。」
「よし、任せて」
真希は輪投げを広げると火をつけて、象に向けて飛ばした。シュッと勢いよく上がっていった輪投げだが、象のしっぽにはじかれてしまった。
「あ!」
「象さんはお鼻も長いですけどしっぽも長いですからね。」
榊原ははじき飛ばされた輪投げにシュッと水をかけた。
「ええい!まだこれから!勝負は始まったばっかりよ!」
——シュッ!
——ペシッ!
真希は連続して輪投げを投げ上げたが、すべて象のしっぽに弾き回されてしまった。
「ふっ。面白い。お主やるな。ではこれならどうだ!榊原さん、いっぱいちょうだい!」
真希は榊原の手から輪投げの元を10本ほど掴み取ると、それをまとめて一気にぎゅっと引っ張った。バラバラだった輪投げの元は、引っ張られると同時に1つの輪っかに結合した。
「やっぱり!」
真希の読みは当たった。なんとなく、まとめたら大きくなるんじゃないかと思ったのだ。
真希はそのまま輪投げを引っ張り続けた。
「ふぬぬぬぬ!」
1つの輪投げを引っ張るより、多くの輪投げを引っ張る方が力がいるらしい。足元踏ん張って力を入れると、輪投げはフラフープほどの大きさになった。真希はそこに火をつけて象のお尻に向かって思いきり輪投げを投げた。




