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なんでこんなに信用してくれるんだろう、私のこと。
真希は、照れと悔しさで、唇を噛み締めてうつむいた。
私はそんなに知り合いでもない榊原さんのことをそこまで信用も信頼もしていないのに。なんか悔しい。でも…
きっと真希は今にも落ちてきそうな風船を見上げた。
やる。やってみせる。榊原さんが信用してくれるんだ。それに答えなかったら女がすたるってもんだ。
「榊原さん、ライターかマッチは待ってる?」
「持ってないんですよ。僕は火が苦手ですし、タバコは吸いませんから。」
榊原が困ったように眉を下げた。
真希もタバコは吸わないから、ライターなんて買ったこともない。
キョロキョロと辺りを見渡すと、歩きタバコをしている男の人を見つけた。いつもだったら歩きたばこしている人が目の前にいたら、ずんずんと進んでいって、その人を追い越しながら、ちっと舌打ちをする…事はさすがにしないけど。いや時々あまりにもいらっとしてる時はするけど。真希は電車を降りたすぐ直後に、まだ乗客が一本線で歩いている状態でタバコをふかし始める人とか、本当に腹が立つと思っている。でも今日ばかりは、勘弁してやってもいい。
「すいません、ちょっとライター貸してくれませんか?」
「はい?」
男の人がキョトンとしながら振り返った。
「ライター、貸してくれませんか?」
真希は、繰り返した。
「お姉さんもタバコ吸う人?本当に困っちゃうよね。どこも禁煙禁煙で。」
「私、タバコ吸いませんが。」
「そうなの。それ持ってっていいよ。」
そう言いながらもその男の人は胸ポケットからライターを取り出して、真希に渡してくれた。
「ありがとうございます。お金をお払いします」
「いいって、いいって。ただの100円のライターだからさ。」
男の人はひらひらと手を振って去っていった。
悪い人ではないのかもしれない。歩きタバコをしているだけで、悪い人と決めつけるのはよくないのかもしれない。ただ、若干非常識なだけだ。
きっと世の中の人ってこういうグレーゾーンな人がほとんどなのよね。榊原が言ってたように、100%の善も、100%の悪も、人間の中には存在しないのだろう。その時々によって、善と悪の割合が変化して、表面で出てきている部分を、この人はいい人だとか、この人は悪い人だとか人は表現するのだろう。
真希は風船の真下に仁王立ちをすると、輪投げの元を両手でキュッと広げて火をつけた。もちろん両手には榊原がまた例の異次元ポケット…もとい浴衣の袖から出した特殊な手袋をつけている。
オーブン用のミトンみたいな感じか。すごく熱いわけではないけれども、全く熱を感じないわけではない。
よしOK。
真希は両手で輪投げを高々と掲げると、両肘をバネにして宙に放り投げた。ちょうどバレーボールのトスをするような感じだ。
学生時代の経験がこんなことに役に立つなんてね。世の中わからないものである。
輪投げは今までとは全く違う勢いビュッと空高く上がっていった。
「ききっ!」
猿は慌てて逃げようとするが、既に遅し。花火と猿とを巻き込んで、輪投げはギュッと締まった。
「おお!すごい!」
そのまま花火の玉はぽてりと地上に落ちた。輪投げが赤く光っている。猿もちょっと熱そうだ。
これ大丈夫なのだろうか?魔物とはいえ、さすがに焼ける姿は見たくない。それに、早く花火が咲いてくれないとさすがに人に見つかるかもしれない。
真希はドキドキしながら、花火が散るのを待った。
あとちょっと。3、2、 1 。
ドーンという心地よい音とともに、キラキラとした光が、真希目の前を通り過ぎた。
「やった!」
「さすがです真希さん。」
榊原は少し離れたところからその様子を見ていた。
榊原さん、火が苦手っていうけど、本当に苦手なのね。
「よし、次!」
火をつけてパワーアップした輪投げのおかげで、猿の捕獲率はぐんと上がった。何度かミスをしてヒヤッとしたことがあったけれども、榊原がどこからともなく水を出してきて、シュッと消火してくれる。
いいコンビだわ。声は出さないけれど、認めないわけにはいかない。でも今日だけだから!
——トス!
真希が火のついたを輪投げを投げる。
——シュッ!
輪投げが勢いよく空に上がる。
——ブワッ!
輪投げが猿の大きさまで広がる。
——ギュッ!
輪投げが猿を縛り付ける。
——キィッ!ぼと。
怒り狂った猿が花火と一緒に地面に落ちてくる。
——ドン!
大輪の花火が咲く。
「わはははは。面白い。面白いわ!どんどん行くわよ!」
ハイテンションになった真希は、次々に猿を捕まえていく。浴衣の裾が開いてきてるとか、せっかく頑張ってアップスタイルにした髪型が乱れてきているとか、化粧もすっかりはげて汗をかいているとか、そんな事はもうどうでもいい。
地上の花火が綺麗に咲くあの瞬間。
猿がバシッと捕まるあの瞬間。
どうしよう。これ、くせになるかも。




