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「ちょっと榊原さん。なんでこんなにいっぱい物を入れてるのよ。」
真希が摘み出したのはタコのおもちゃだった。でろんとした触り心地で目がギョロッとしたその物体は、吸盤が強力らしく真希の手に吸い付いた。
うわぁ。きも。小さい頃に遊んだスライムみたい。
「真希さん、そんなに我慢できませんでしたか。僕としてはもう少し段階を踏みたかったのですが…でもそんな積極的な真希さんも魅力的です」
榊原が真希の手を撫でながら、ずいっと近づいてきた。
「違う、違うから。それなんか絶対違うから。」
真希は赤くなりながら抗議した。
「早く輪投げをちょうだいよ。」
「はい。どうぞ。」
榊原は自分で浴衣の袖に手を突っ込むと、山ほどの輪投げの元を取り出した。
え、そっち?さっき胸元から出してなかった?…やはり榊原の浴衣は異次元ポケットらしい。
「よし、行くわよ。ついてらっしゃい」
気分は鬼退治に行く桃太郎だ。
「はい、どこまでもお供します。」
真希と榊原は、花火大会の会場を端から端まで駆けずり回った。
時々、真希が夢中になりすぎて人にぶつかりそうになるときは、やんわりと榊原が真希の腰を抱いて軌道を修正させたり、真希が空ばかり見て犬や小さい子供を蹴っ飛ばしそうになると、榊原が事前にやんわりと注意をしたり。まあいいコンビと言えなくもない。しょうがない今日だけはそれだけを認めてやる。真希は心の中でそうつぶやいた。
真希は、熱中するとどうしても周りが見えなくなってしまうのだ。榊原くらい冷静に周りを見てる人がいると確かにやりやすい。
榊原さんって意外に凄い人だったりする?頭がいい人?いや、でも榊原さんだし。そんなに深くまで考えているはずはない。
絶対違うったら。誰かに榊原をけなされるのは我慢がならないけれど、真希自身が褒めるとなるとそれはまた、恥ずかしいというか。なかなかできないものだ。
「ねえ、あの猿、まだ花火が膨らんでないのにもう何か食べ始めてるわよ」
真希が指差したのは、風船と花火の玉が同じくらいの大きさのものだった。花火の玉がまだ空中をさまよっているのに、既に中身を食べ始めている猿がいる。
「だんだん焦ってきているんでしょうね。今年は強化も厳重ですから。多少酸っぱくても先に食べちゃえってやつでしょうね。」
「ちょっとどうするのよ。」
「うーん、僕の肩に乗ってスラムダンクでもしますか。」
一瞬いいアイディアだと思った真希だが、人が大勢いるここでそれをするのは完全に不審者だ。
「いやそれは流石に無理でしょう。あ、下から投げてみるっていうのはどう?とにかく輪投げが魔物の体を通ればいいわけでしょ。」
「そうですね。」
「それだったら上から被せなくても、下から押し通せばいいんじゃないかしら。」
「さすが真希さん、柔軟な発想ですね。」
「でもそうすると、花火玉も一緒に巻き込んじゃうかしら?」
「それは問題ないですよ。周りに何があろうとなかろうと花火は咲きますからね。」
「じゃあとにかく両手を拘束して、魔物が中のキラキラを取り出させなくすればいいってことよね。」
「はいそうです。」
「よし、じゃあ下からやってみよう。」
真希は風船と魔物の真下に立つと、首をぐいっと上に向けて空を見た。上を見すぎて、既に首の後ろが痛い。でも、ここが踏ん張りどきだ。
真希は、両手で大きく広げた輪投げを持つと、空に向かって放った。だが、あと一歩のところで、花火に到達する前に輪投げは地面に落ちてきてしまった。
「やっぱり紙だと軽いから、あんまり飛ばないわね。」
「そうですね。ちょっと裏技を使ってみましょうか」
「いいわね!何?」
「火をつけましょう。」
「火をつける?」
「僕は火が苦手なので、お手伝いができなくて申し訳がないのですが…これは和紙できているので、よく燃えます。ただ燃えるだけではないんですよ。ここに赤い模様が入っているでしょう?火を付けると勢いを増すという魔術が込められています。火をつけてから飛ばせば、飛距離がだいぶ伸びますよ。」
「なるほど!すごいわね!」
「専用の手袋は渡しますので、それは必ずつけてくださいね。」
「うん、それはいいけど。でも、ちょっと危なくない?周りの人とかに当たったら」
「そこなんですよ。なので、真希さんの下から突き上げるという案はとても理にかなっていると思います。普通の輪投げのように投げてしまうと、どこに飛んでいってしまうかわからないですからね。でもうまい具合に魔物と花火の両方を拘束できたら、そのまま地上に落ちて花火が咲きますから。浄化もされるし、輪投げの火も消えるし、ちょうどいいんですけど。もしミスすると、ただの火事になってしまいますから。細心の注意が必要です。」
「そうよね。勢いよく飛んでいっちゃうんだったら、どこに落ちるかわからないものね。」
「そうなんです。でも真希さんは運動神経もいいし、コントロールもいいし、できるんじゃないかと僕は思っています。」
榊原は真希を見てうなずいた。




