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真希はきっと空を見上げると、風船の行方を目で追った。
「 動き出してる風船はそろそろ下に落ちる準備に入ってるってことよね。」
「そうです」
「じゃあ、あれを追えばいいってことよね。」
「そうですね。」
「あそこに浮かんでるのが結構いい感じに膨らんできてるんじゃないかしら。」
「はい。さすがです真希さん。」
「 よし、行くわよ。」
2人は人混みの中をかき分けながら、猿が乗ってる風船を追ってぐんぐんと進んでいく。
「榊原さん、ヘアゴム…じゃなくて、輪投げ貸して」
真希が榊原に手を出すと、すかさず榊原は縮んでいる状態の輪投げの元を真希の手に乗せた。真希はそれをきゅっと両手で広げると、猿に向かって放り投げた。
「いけっ!」
猿はそれを難なくかわしてチラリと真希の方を見た。真希の悔しそうな顔を見ると、猿はキキっと体を揺らしながら嬉しそうに鳴いた。
「外した!もう1回!」
紙でできているからか、輪投げはさほど遠く高くには飛ばないようだ。
「もう少しギリギリまで待った方がいいかもしれないわね。」
「そうですね。」
真希がジリジリしながら待っている間にも、猿は口を大きく広げて歯をむき出しにしたり、真希と榊原にお尻を向けて、お尻をフリフリしたり、ペンペンしたり、あっかんべーをしたりしている。
「きぃ!何なの、あの猿。許さないんだから。」
真希は深呼吸して気持ちを落ち着けると、風船が降りてくるのを待った。
よし、今だ。
真希が勢いよく輪投げを抜けると、猿はひらりと身をかわした。何度投げても、すれすれのところでかわされてしまう。
「榊原さん、もっと!」
「はい。いくらでもここに。」
連続して投げると、その一つが猿の顔に当たった。
「キィっ!」猿が怒って鳴いた。
やった!
心の中でガッツポーズをした真希だが、輪投げは猿の顔に弾かれてそのまま下に落ちてしまった。
「当てるだけじゃ駄目なのか。」
「理想を言うと上からすっぽりと被せるのがベストですけど、真上じゃなくても捕まりますよ。大丈夫です。真希さんならすぐに慣れますよ。」
「ううん。難しいわね」
「ちょっと、なんか降ってきてるんだけど。」
周りにいる観客から不満そうな声が聞こえてきた。
「何?紙のゴミ?やだー。誰?迷惑!」
しまった。猿に夢中になっている間に輪投げを回収するのを忘れてた。
「どうしよう榊原さん」
「大丈夫ですよ。これは自然分解される成分を使って作っているので、そのうち消えてなくなりますから。さすがに一般の方の手に渡るとよろしくないですからね。その辺は結構うるさいんですよ、魔安も。」
「そういう問題なの?ポイ捨てにはならないの?」
「ポイ捨てにはなりませんね。むしろ、土が綺麗になります。」
「そうなの?じゃあ気にしないことにする。」
真希がジャンプして手が届きそうな位の高さまで風船が下に降りてきた。真希はふわっと上に浮かせるようにして、猿に向かって輪投げを投げた。
——ふわっ
うまい具合に猿の頭の上に輪投げが入ったようだ。輪投げはスルスルと猿の胴の部分に入っていき、胸の辺りで両腕と一緒にぎゅっと引き締まった。
——ぽとり
風船に捕まれなくなった猿が地面に落ちた。キーキーと泣きながら暴れているが、輪投げの拘束は外れないようだ。
——ドン!
綺麗な音とともに地上の花火が咲いた。
「やった!」
「いい感じです。真希さん、その調子ですよ。」
「猿はどうすればいいの?」
「後で誰かが回収しに行きますから、そのままで大丈夫です。穢れが祓われたので、しばらくは悪さはできませんよ。」
「誰かが踏んじゃったりしない?」
「普通の人間には空き缶程度にしか見えないですから。」
「そうなんだ。じゃあ次行くわよ。」
真希は次々と輪投げを投げていった。かわされることもあるけれども、うまい具合に輪が引っかかると、ぱっと猿が拘束される。
——ふわっ
——ギュ!
「よっしゃ!」
——ふわっ
——サッ
「きぃ!外した!榊原さん、もっともっとちょうだい。」
真希は興奮しながら榊原の胸ぐらをグラグラと揺らした。
「いい響きですね〜真希さん、もう一度言ってくれませんか?おねだりしてください。」
キモ。
真希は榊原を白い目で見た。
「ふふ。真希さんのその鋭い目、ゾクゾクしちゃいます。」
榊原はうっとりと真希を見つめた。
この人やっぱりMなのかしら。
「いいから。はよ出せ」
真希は榊原の胸元に手を突っ込んだ。
あとから考えると、これはちょっとやり過ぎだったかなと思う。でも、前回の事といい、今回の事といい、榊原が絡む事件にはついエキサイトしてしまうのだ。
榊原の胸元は異次元ポケットにでもなっているのだろうか。中からはジャラジャラといろいろなものが出てきた。




