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「真希さん、デートにいきませんか?」
榊原からいきなりメッセージが届いた。
榊原とはあの夏至の日以来、会ってはいない。一応、一応念のため、一言だけメッセージを送ったのだ。ありがとうございました、と。
どういたしましてと言うメッセージとともに、タコがぷくっと口を膨らませたふざけたスタンプが返ってきた。
もちろん、それには返事を返していない。仕事が忙しいこともあって、榊原のことなんてすっかり忘れていたのだ。
そう。思い返してなどいない。あのふざけたタコの顔を覚えてしまうほど、何度もスタンプを見返してなんていないったらいない。
あの爽やかな暑さだった夏至とは打って変わって、サウナのような夏の真っ盛り。
毎日暑い暑いとしか言っていない気がする。外回りもしんどい季節である。スーツを着たサラリーマンやOLを見ると、お互い大変ですねと目で話をしてしまう。以心伝心とはまさにこのことである。
なんでスーツには半袖のジャケットがないのだろうか。いやあるのかもしれないけど、主流はやっぱり長袖のジャケットだ。
もうよくない?この際、Tシャツで。そうは思うものの、悲しいかな。勤め人とはスーツを着る生き物なのである。
もちろん榊原のメッセージには「いや」と返した。こんな暑い中、何が悲しくてデートになんか行かなければならない。
「でも、マキさん、花火大会行きたくないですか?」
…花火大会だと?
「花火を見ながらゆっくりビールを飲んだり、枝豆を食べたり、りんご飴を食べたり、お好み焼きを食べたりしたくないですか?」
ゴクリと真希は唾を飲んだ。時間はお昼過ぎ。仕事が忙しくて、まだ昼食にはありつけていない。なんだ、エスパーなのか榊原は。
ビール
枝豆
お好み焼き
焼きそば
じゃがバタ
あのくるくるしたじゃがいもの揚げ物、なんて言うんだっけ?
頭の中でぐるぐると縁日の食べ物が浮かんでは消え、浮かんでは消え。
真希は暑さと空腹で回らなくなった頭で、オッケーのスタンプを押してしまった。
しまったと思った時は既に既読になってしまっている。
でもだって、ビールよ、ビール。
このカラカラな喉にこくりとビールを流し込めたら。冷たいカップには水滴が滴り、黄金の液体に3割の白い泡。麦の香りがふわりと鼻を突き抜け、舌に残るのはほろ苦さ。
ビールを半分ほど飲んだところで、塩がよく効いた枝豆を咀嚼する。そしてまたビールをひと口飲む。お腹がこなれたところで、鰹節が踊るお好みと焼きたこ焼きと、ああ!串刺しになったステーキなんかもいいかもしれない。
そしてビールをくいっと飲み干して、お口直しにりんご飴。パリパリの飴とみずみずしいりんごをちびちびと食べながら、花火を見上げる。
いい。いいじゃないか。これぞ日本の夏。
灼熱のアスファルトを歩いている真希は妄想が止まらない。
「では、〇〇日にマキさんのおうちに迎えに行きますね」
「嫌だし、てか家の住所なんて教えないし」
「えー」
タコがすねたようなスタンプが来た。だが、こればかりは譲れない。
頑固親父が眉間にしわを寄せて腕を組んでいるスタンプを真希は送った。赤文字で大きくノーと書かれているやつだ。
「では、〇〇駅集合で」
根負けしたらしい榊原が、目をウルウルさせたタコのスタンプとともに、そう送ってきた。
〇〇日に〇〇駅と言う事は、あの有名な花火大会じゃないか。
くわっと真希は目を見開いた。今まで行ったことはない。行こうと思えば行ける距離ではあるけど、地元の友達とは地元の花火大会で満足していたから、わざわざ混むことがわかっているその花火大会に足を伸ばす必要を感じなかったのだ。
浴衣で来いという要求をつい飲んでしまったのは別に榊原のためではない。自分が着たかったからだ。真希さんが浴衣なら自分も浴衣で行くと言われて、榊原の浴衣姿が見たかったからでもない。決して。